NYでバーテンダーになろうと思った話 Pt.1

税金の追徴金が出たので(2回目です)、文章を書いたり訳したりする以外のアルバイトをすることにしました。副職を持っていたことは、今までもあります。フリーランスになった98年から06年までの8年間は、補習校で国語の先生をやっていました。

補習校は、土曜日だけの日本人もしくは日系のための小学校で、1年間40週、6時間の授業で日本とまったく同じ教科書を使って、国語と算数を習得するというなかなかハードコアな場所です。知り合いに勧められて、ヴィザのためもあって始めた先生業でしたが、思いのほか向いていたようで、この8年間の土曜日は本当に楽しかった。5時間か6時間、黒板の前で教えるためには、その倍以上の準備の時間が必要なので、実質的には週2日の仕事でしたが、精神年齢が子供に近いらしく、生徒さんといる時間はとても自然体でいられて、あまり「仕事」という気がしませんでした。

「もう一つ仕事をしようかな」と思ったときに、先生を再開する可能性も、もちろん考えました。長い付き合いの友達に「バーテンダーを考えている」と言ったときも、「先生は?」と言われました。それでも、その選択をしなかったのは少し変わった理由からです。06年までの8年間が生徒さんにも、同僚にも、雇用主にも、それから保護者のお母さん、お父さん方にも恵まれ過ぎて、あれを越える経験はないのでは、と思ってしまったんですね。

あ、先生業ではなく、バーテンダーの話でした。バーテンダーをやろうと思ったのは、ずばり、割りがいいからです。リサーチをしたところ、NYできちんとバーテンダーをやると結構な金額になる。時給はよくないのですが、チップもあるので、腕がいい人だったら一晩で200ドルから300ドルは堅い。「週に1、2回やったら、体にも響かないし、ライターの仕事も今まで通り続けられる」

そう、考えたわけです。いろいろ考えているようで、根本的にスコーンと抜けているというか、私は思考回路の一部が高速道路のようにまっすぐかつ単純なつくりになっているようで、そのルートにこのアイディアが貫通してしまったワケです。ちなみに、こういうときに人からどう思われるかという、いい意味での見栄も残念ながらあまりないタイプ。要は、自分が納得していればいい。あと、書くネタにもなりそう。

バーテンダーになる方法としては、現場主義でウェイトレスなどから始めるか、バーテンダー・スクールに行くか。後者のコースを取ることにしたのは、雪が道の両脇に積もっていた2月のことです。

続く。

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