アメリカで長いことつづく人種間の不平等が劇的に変わろうとしている2020年6月、Netflix が絶好のタイミングでスパイク・リー監督のダ・ファイヴ・ブラッズを公開。
私の最初の感想。
スパイク・リー『Da 5 Bloods』。期待値が高すぎたのか、「詰め込みすぎでは?」「みんな歩くウィキペディアみたいな話し方をしすぎでは?」との思いに邪魔されて、のめり込めなかった。いま、絶対に見た方がいい作品ではあります。もう1回見たら私も感想が変わるかも(変えたい)
ごめんなさい。New York Times などアメリカのレビューも好意的だし、私のSNSのTLもほめそやしている人が多いし、「あれ? 私だけ?」って思ったらimbd.com の一般視聴者のレビューは6月18日現在、10点満点中6.8と少しきびしい。
それを読むと、エピソード詰め込みすぎとか、登場人物の年齢がおかしいとか、セリフが硬いとかみんなひっかかるところは同じ。アメリカ人は題材のベトナム戦争自体がそこまで記憶の彼方ではないから、どんなに若くても60代後半設定の俳優さんがそのまま50年前のシーンでチャドウィック・ボーズマンと一緒に戦うのが最大の難点みたい。だって、キング牧師の訃報を知る時点(1969年)でみんな白髪があって、半世紀経ってもあまり見た目が変わってないって無理がありすぎです。逆に、その不自然さを脳内転換して乗り切れれば、壮大なスケール感を楽しめる可能性大。同じNetflix の『アイリッシュマン』くらい、主要人物を若返らせてくれればよかったんだけど、あれ、すごいお金がかかるんだろうな。
ざっくりどういう話か説明すると、4人の仲間意識の強いベトナム戦争帰還兵(ブラッズ)が戦死した仲間の骨を探すためにホーチミンに50年ぶりに戻るが、そこに金塊発掘の話が被さり、お互いへの不信や宝を狙う悪役、ベトナム人とフランス人の戦争観が入り混じる、という盛りだくさんのストーリー。
えーと、これは感想文ブログであって、毒舌は吐くけど、悪口ではないです。
一番、言いたいのは
2時間半でだいぶ賢くなれるから、とりあえず観て!
です。私も2回目を観ました。それで、恐ろしいことに気がついた。私は、スパイク・リーの作品になると、冷静さを失う。優勝するたびに道頓堀に飛び込む阪神ファンみたいな気持ちになる。
1回目の感想がなぜ辛口だったかを分析したところ、私の秘めたる願いに気がついてしまいました。
私、スパイク・リーにアカデミー賞の作品賞か監督賞を獲ってほしいんです。
『ドゥ・ザ・ライト・シング』と『ブラッククランズ・マン』(これは脚本賞を受賞している)で良いところまで行って、彼曰く、2回とも「誰かが誰かを車に乗せて運転する映画」に敗れてしまった。アフリカ系アメリカ人の監督が作品賞、監督賞を獲るのは、俳優さんの賞に比べて時間がかかっています。作品賞は、ジョン・ピール監督が『ムーンライト』で2017年で達成はしていますが、「こうるさいおっさん」のスパイクにぜひ受賞してほしい人は多いと思う。アメリカの大新聞の甘々レビューはそれも関係しているとさえ、思う。みんな、そろそろスパイク・リーにでっかい賞をあげたいんです、特別賞ではなく。
だって。30年以上、体を張って「黒人代表大物映画人」をやってきて、たくさんの貢献をしてきた人だから。感情的だし、皮肉屋だし、喧嘩っ早くてよく舌禍を起こすけれど、それでも質の高い映画を定期的に届けてくれて、今回みたいな黒人の人権問題の論争が激化するたびに矢面に立って、マイケルやプリンスの追悼パーティーを主催して、なんだかんだ多くの人に愛されている。なかなかいないですよ、そういう人。デンゼル・ワシントンが「絶対的ヒーローの二枚目キャラ」だとするなら、スパイク・リーは「騒がしいけど頼りになる、ラスボスキャラ」なのです。
アツくなってしまった。『ダ・ファイヴ・ブラッズ』を楽しめる豆知識をちらっと。
・戦友4人(と息子)はザ・テンプテーションズのメンバーの名前。息子にあとから加入したデイヴィッドの名前を当てるなど、芸が細かいです。
・ベトナム戦争をあえて「アメリカ戦争」と呼んだり、帰還兵がつらい思いをしたり、という描写は現実に基づいています。
・『地獄の黙示録』や『戦場にかける橋』からのわかりやすい引用が目に付きますが、リーがオマージュしたかったのは彼が一番好きな映画だという『黄金』(1948)だそうです(これは、イギリスの新聞に書いてありました)。
・回想シーンで画面の比率が変わるのは、アマゾン・プライムの『ホームカミング』が先です(ほかにもあるかも)。こちらも復員兵の話ですが、3時間で『ダ・ファイヴ・ブラッズ』の4分の1くらいしかエピソードがないです。じわじわ進めるのも、パツパツにしてテンポよく展開するのも、どちらもいいところがありますが、いまどきなのは『ホームカミング』のほう。
・学校での乱射事件、処方箋で手に入る鎮痛剤による中毒、父子の断絶、教員のサラリー問題など、アメリカの社会問題の提起がてんこ盛りです。
・音楽はいつも通りテレンス・ブランチャード。いつも通り、すばらしい仕事。今回の肝になるマーヴィン・ゲイの『What’s Goin On 』の解釈も、ファイブ・ブラッズ(とリー)の世代が実際に感じるままだと思います。個人的には「What Happening Brother」 の使い方にグッときました。
ここから先は、ネタバレになるので見終わった人向け。
・解釈がわかれそうなのが、主人公ポールの人物像。トラウマを抱えて精神状態が不安定な人=トランプ大統領支持者は、スパイクお得意のブラックジョークだと思うのですが、息子が地雷を踏んだときは妙に冷静で、「え、そこ?」という場面でバランスを崩します。聖書の有名な詩篇23を口ずさみながら単独行動に入り、カメラに向かって啖呵を切り、ノーマンの亡霊に会って贖罪されたあとに蜂の巣なる、という流れは、殉教と取ったらいいのでしょうか? それともトランプ流の利己主義の先には破滅しかない、ということでしょうか? 両方かな?
・オーティスにベトナム人女性、ティアンとのあいだに娘がいた設定は『ミス・サイゴン」の黒人版ですよね。今朝の朝ドラには元になっている『蝶々夫人』が出てきましたが、両方、けっこうなアジア人蔑視が入っていて、問題になったことがあります。もう2020年ですし、肌の色関係なく「アメリカ人の男性に理解がありすぎる(都合のいい)アジア人女性」はそろそろアップデートしてほしかった。時代背景そのものが勉強になるので、『風と共に去りぬ』みたいに『蝶々夫人』と『ミス・サイゴン」の存在感を消したほうがいい、とは思ってないです。ただ、そろそろ女性側が見返したり、どこかで注釈があったりという変化があってもいいのでは。
以上です。アカデミー賞は難しいかなー。とっとと次の作ってください。リー監督。