ジャスティン・ビーバー 『Justice』全曲解説

「ジャスティンは、アーバンです!」。2012年11月、ジャスティン・ビーバー「Believe Tour」のニューヨーク公演にレコード会社さんに招待された際、耳にした言葉です。音楽ライターとしての守備範囲がちがったのでお役に立てないかも、と迷った末、「私、アーバン系のライターなので‥」とやんわり辞退しようとしたら、担当者さんが言い切った。そのとき、私はつい吹き出してしまったんですよね。アッシャーが見初めてデビューにこぎ着けた逸話は知っていたものの、当時のジャスティンの人気ぶりは、本来、アメリカには存在しないアイドル的なものだったから。

あれから、8年強。ベイビーフェイスの少年が可愛らしい声で「ベイべ、ベイべ、ベイべ〜」と歌っているかと思ったら、10代後半は不穏な空気をまとうようになり(それでも、ヒットは出し続け)、10代の最後に出した『Purpose』で雰囲気を一変。さらに、2019年のタイトルからズバリ『Changes』で、やりたい音楽をやっている感が強くなった。それが結果的に「R&Bっぽい」との評価につながって‥という流れだけれど、本人はずっとヒップホップ/R&Bのサークルにいたつもりだったかも、という気がしています。フランク・オーシャンの「Thinking of  You」も早いうちからカヴァーしていたし、DJキャレドの「売れっ子大集合」シリーズの作品にも参加していたし。

私も、「アーバンじゃない、なんて言ってごめんね」と心の中でカナダの方角へ謝りつつ(嘘です。病的な方向音痴です)、『Changes』を聴いていました。そして、1年という短いインターバルで『Justice』が届きました。パーパス〜チェンジズ〜ジャスティス=目的〜変化〜正義。アルバム・タイトル、どストレート・シリーズ。変化の発端は、ヘイリー・ボールドウィンとの結婚。シンプルなタイトルながら、夫としての正義、人として正義、そして神様を信じる正義と、網羅している範囲が広い。それでも説教くささがないのは、ジャスティンのヴォーナビリティ(脆弱性;ごめんなさい、かっこつけてカタカナで書いているのではなく、ぴったりの日本語がわからない)を前面に出しているから。曲を聴いている側が「大丈夫だよ、わかってるよ」と歌い手である彼に応えたくなるほど。

制作陣は、デビュー当時はミュージシャンとしてつき合いがあったアンドリュー・ワット、プロデューサー・チームのザ・モンスターズ&ストレンジャーズ、ソングライターのルイス・ベル、スクリレックス(!)など。全体にポップ畑の人が多いけれど、みんな器用なところを見せて、様々な音楽の要素を織り込んだ曲を用意しています。本作の聴きどころは、ジャスティンのソプラノ・ヴォイスを繊細に、それこそ壊れやすいガラス細工のように重ねたヴォーカル・アレンジメントだと思う。そこが、すばらしいです。

Hold Onのビデオ撮影時の写真ですね。

では、各曲解説に行きましょう。

Deserve You

ヒットメーカー、アンドリュー・ワットによる懐かしめのポップ・サウンドを再現しつつ、やりすぎないバランス感覚が憎い。「今夜、君に釣り合わない気がするんだ」とかなり下手に出て、全体のトーンをセット。ジャスティンのヘイリー観は、聖母を慕うクリスチャン精神に近い。出会いに感謝し、続くように祈り、たまに落ち込み、最終的に「神様、ありがとう!」なアルバムを作ったという。結婚は正しい行いだとわかっていてもちょっと‥となるであろう、モテる男性は「正義」という大きめの言葉が出てくるわけです。

As  I  Am

ジャスティンの儚いソプラノ・ヴォイスと、カリードの美声が絡む爽やかなラヴ・ソング。「ありのままの僕を愛してよ どこにも行かないから」と、またすがっています。カリードは、私が今、もっともステージが観たいアーティストのトップ5に入っています。大好き。「時々、君が愛してくれるかわからなくなるんだ」と弱気になるフレーズもあるものの、結婚式にピッタリの曲なので予定がある方はぜひ。最後に「あんなことをしたのに、君が逃げなかったのは奇跡だ」とまで歌っているので、交際歴が長いカップル向けかな。

Off My Face

ギターの音色が美しい、シンプル・イズ・ザ・ベストな曲。作っているのは、LAのドリームラボとギタリストでもあるジャック・トーレー。タイトルの「Off My Face」は酔っ払っている、酩酊の意味。「シラフなのに、頭が回らないんだ」ではじめ、「だって酔っているから 君への愛で」で締める。クイズ形式で問いかけておいて、自分で答えちゃってますね‥副題をつけるなら、「ザ・新婚」です。

Holy

アルバムに先駆けてリリースしたシングル第1弾。「結婚最高、俺は果報者!」なアルバム『The Big Day』を2019年に作った先輩、チャンス・ザ・ラッパーとタッグを組んでいます。曲の雰囲気もチャノに寄せ、聖歌隊のようなコーラスが入れつつ、「神様のおかげで 陸上選手みたいに祭壇に駆けつけたんだ」と吐露。「君に抱かれると神聖な気分になれるから」がフック。やはり、ヘイリー=聖母だわ。チャノのラップも伸び伸びとして、とてもいいです。

Unstable

次のゲストは、オーストラリアのラッパー/シンガーのキッド・ラロイ、17才。故ジュース・ワールドが面倒を見ていただけあり、音楽性がよく似ている。彼の頻出ワード「anxiety(不安)」もしっかり出てきて、ジャスティンが間接的にジュース・ワールドのスピリットにチャネリングしている、と取れなくもない。共通しているのは、依存すれすれまで特定の女性に思い入れること。私は、ジェスティン・ビーバーに匹敵する存在は、クリス・ブラウンだと思っていて。31才のクリスもリアーナと交際している時から依存っぽい兆候も見せていたし、この世代から下の男性の、一人の女性にとことん入れ上げる傾向はとても興味深いので、理由がわかる人がいたら教えてください。もう少し上の世代は、「君のこと大好きだよ‥今はね」と、逃げ道を用意しますよね。「Unstable」に話を戻すと、不安定(unstable )を、どうしようもない奴(unable)にかけるなど、韻を踏んでいて耳に心地いい。キッド・ラロイの少年ぽさが残った歌声が、切なさを誘います。

Die For You

本作一番の、チャレンジャー曲。フロリダのドミニク・フェイクを招いた80s風味溢れるダンス・ポップ。この曲も、ほんっとによく出来ている。少女期にマイケル・ジャクソン、デュラン・デュラン、カルチャー・クラブ、A-Haあたりにどっぷりはまった私みたいな洋楽おばさんを完全に殺しにかかってくるジャスティン君、怖ろしいです。それを、最新の機材を使い、より凝った転調を配置し、手拍子や「バーダバッババ」「イェイェイェイェイ」といった能天気な合いの手で盛り上げる。リリックも、手を出したら危険な女性に夢中になる80年代的お約束テーマ。ポップすぎるのでシングル・カットしなさそうだけど、仮にカットしたら欧米で中年ファンが激増すると思う。

Hold On

これもアンドリュー・ワットとルイス・ベルのプロデュース。ど直球のシンプルなポップ・ソングかと思いきや、「誰だって間違いはあるって言葉、俺くらい似合う奴いないよね」とか、「言いたいこと全部言っていいよ 俺はわかるから 進むべき道が全部閉ざされる感じ 俺はわかるから」など、歌詞はシリアス。お騒がせセレブとしての過去にたいする贖罪、とまとめてしまっては乱暴でしょうか。ドラマ仕立てのビデオもいいです。重い病気を患っている彼女のためにおもちゃのピストルで銀行強盗を働き、バイクで逃走するという。彼女役は台湾系の人気テレビ女優、クリスティン・コ。アジア系の女性を起用したのは思いつきではなくて、コロナ禍で人種間の分断が深刻化している世相への、彼なりのメッセージのはず。

Somebody

ここでスクリレックスの登場。「誰だって一人では生きられないんだ」との人類始まって以来の真理を、軽く歌い切っています。厳しめのことを書くと、Believeツアーでパフォーマンスを観た際、そこまで歌が上手いとは思いませんでした。それ、私がふだんコンサートでよく観るのが「R&B激ウマ選手権」タイプなのが原因なのですが。もともと、ドラムを叩きながら出てきた人なので、楽器ができる強みは知っていたのですが、今作はヴォーカルの表現力が凄まじく、とくにに歌い込まないこの曲などで顕著です。

Ghost

「君が近くにいてくれないなら、君の幽霊で我慢するよ」。少し、怖いレベルに入ってきました。ヘイリーも若いし、まだ殺しちゃだめでしょ。愛しい人の幽霊とともに生きて行く設定で、デミ・ムーアとパトリック・スウェージの映画『ゴースト』(1990)を思い出すのは、私だけでしょうか。幽霊になったスウェージがデミの後ろに座って一緒にろくろを回すシーンが有名な作品。韻を踏みやすいのもあって、パトリック・スウェージはラップでよく出てくる俳優さん。この間、爆笑恋愛ドラマ『殴り愛、炎』でもオマージュ・シーンがありました。ジャスティンもこの曲でビデオを作るなら、ぜひろくろを回してほしいです。

Peaches

後半はぐっとアーバン寄りに。「桃ならジョージア産がいいし ハッパならカリフォルア産 彼女を北へ連れてきたんだ(ヤバい子だよ) 光ならオーロラから直接受けるんだ」。地産地消(farm to tableとも言います)が推奨される時代に何を贅沢な、とツッコみたくなるけど、最後の「I get my light right from the source」のラインが大切で、初めの3行はそこへ向かう助走なので。「光ならオーロラから直接受けるんだ」は、カナダのトロント出身であるのを考慮した直訳。その前に出てくる嫁の話とつなげるなら陽の光、暖かさなど生きていくのに不可欠な「光」を彼女から受け取っている意味だし、アルバム全体に流れるクリスチャンの精神の観点からだと「神様の思し召しなら、直接受けているよ」にもなるので、トリプル・ミーニングくらいありそう。タイトルの「桃」はきれいな女性も指すけど、ヘイリーはアリゾナ出身なので、南部のジョージアは関係ないです。同じオンタリオ州出身のダニエル・シーザーと、カリフォルニア出身の大注目株、ギヴェオンを招いていて、3人が声質のちがいが味わい深い。いまのところ、この曲が一番ヒットしています。

この3人、本当に楽しそう。ピンクの髪がドレッドを切ったシーザー君
中盤のダンスと設定の元ネタ。MaseのFeel So Goodです。Maseもラッパーから牧師に転身しました。

Love You Different

これ、数年前によく耳にした「トロピカル・ハウス」に分類されるのかな。ここでフィーチャリングされているBEAMは、レゲエ・レジェンド、超高速DJ(レゲエでいうところの、ラッパー)を生み出したパパ・サンの息子で、ジャマイカ生まれ。いまはマイアミでアーティスト兼プロデューサーとして活動している模様。私、トロピカル・ハウスはジャマイカからかなり離れたジャンルだと思っているので、個人的に入れたくない。パパ・サンは、キャリアの途中から下ネタをやめて神様を讃える曲しか作らなくなりました。BEAMも同じ系統みたいで、ジャスティンもそこに惹かれたのかも。ちなみに、一度、疎遠になったヘイリーと再会した場所が教会だそうです。

Loved By You

私が本作で一番、気に入っている曲。。スクリレックスが作った曲に、ナイジェリアのバーナ・ボーイをフィーチャーしていて、ジャスティンがダブ・ステップやアフロ・ビートを取り入れた、との見方が成立するけど、ダンスホール・レゲエのカラーも強い。スクリレックスはダミアン・マーリーとの「Make It Burn Dem」(2012)でもどハマりしたなー、とか、バーナ・ボーイは、レゲエ・レジェンドのスーパー・キャットの曲を丸々カヴァーしてたなーとか思い出すと、ダンスホールってことでいいんじゃないかと(はい、乱暴)。ジャスティンとスクリレックスの関係は2015年に遡り、スクリレックスとディプロが組んだジャックUで、「Where Are U Now」をヒットさせています。

Anyone

「君以外の人はありえないんだ」とストレートに歌う、これまた結婚式向きの曲。先日、ミュージック・ステーションで披露しましたね。私もジャスティンを見るためだけに、1時間くらいテレビをつけていました。あれ、踊っている高校生をたくさん見られる番組なんですね。アメリカだとポップ・スター然と映るジャスティンが、「アーティスト」な感じに見えたのは、彼が変化したのか、日本の音楽番組だったからか、その両方か。ぐるぐる歌いながら回ったり片手を斜めに上げたりしたのが、ちょっとドレイクっぽかったです。

Lonely

引っ張りだこのベニー・ブランコが曲を作り、声も重ねています。「全部手に入れたのに、電話をする相手がいないなら 俺のことがわかるかもね すべてを持っているけど誰も耳を傾けてくれないんだ クソほど孤独だよ」って。最後の曲がこれかー。でも、『Purpose』からうつむくか、横を見るか、斜め上を見ているかの差があっても、基本的に内にこもっているようなアートワークが続いたわけが、少しわかったような気がします。くり返しになるけれど、ヴォーカル・アレンジがすばらしい。

山中で孤独感マックスです。

デラックス盤もでましたが、曲解説は一旦、ここまで。それから、避けては通れないマーティン・ルーサー・キングのスピーチを、イントロ「2 Much」と曲間のインタールード「MLK Interlude」で使っている件について。キング牧師は1960年代の公民権運動のシンボルであり、黒人の人権問題に文字通り命をかけた英雄です。ドキュメンタリーもたくさんあり、映画だと『グローリー 明日への行進』(2014 原題:Selma )が有名。1963年のワシントン大行進における「私には夢がある」で始めた演説は、20世紀最高の演説とも言われる偉人なのです。黒人のリーダーとして有名なキング牧師の力強い声を、カナダ出身の白人であるジャスティンが使うのはどうなの? という予想通りの批判が出ました。ノーベル平和賞を受賞したキング牧師は、「世界の」偉人。誕生日を祝日にするかどうかも長い議論があり、今は全州でお休みになっています。そういう意味では、「白人だからダメ」はダブル・スタンダード。ちなみに、ポール・マッカートニーやマイケル・ジャクソンも自分の音楽にキング牧師の声や言葉を取り入れています。

一方、「正義」の中でも、結婚生活の正義が中心のアルバムと、ジャスティンの歌声からスピーチが浮いているのは事実。アルバム全体のムードには合っていないので、必要あったかな? とは思います。ただ、あまり話題にならない重要ポイントとして、ジャスティンはキング牧師の遺族、およびその功績を伝えるキング・センターに寄付をしているし、ストリーミングの使用料も派生するはず。BLM の運動が続く中、これはジャスティンの「正義」の一つでしょう。キング牧師の娘のバーニース・キングさんが、3月19日、twitterではっきりとジャスティンに謝意を示しています。ジャスティンの若いファンがキング牧師に興味をもつきっかけにもなるだろうし、彼はたぶん、様々な点を考慮してスピーチを使用しているので、短絡的な批判もちがう気がしています。

フィーチャリング・アーティストも自分と同年代か、年下のアーティストを起用しているのも本作の特徴。アラサーに入ってきたジャスティンは、彼らをより広いオーディエンスに紹介する意図もあったのでは。ほめ殺しみたいになってきたので、この辺りでやめましょう。プロデューサーが元カノのセリーナ・ゴメスがよく組んでいる人たちだな、とか、さらにその元彼のザ・ウィークエンドを意識したかな、と思う曲あると毒も最後に吐きつつ。とにかく、『Justice』は2021年の重要作であり、今後の音楽シーンを変えるパワーをもつ作品です。