近頃、キッド・カディがいい感じです。4月にトラヴィス・スコットと組んだThe Scott で初のビルボードのシングル・チャートの1位を取り、今月リリースしたエミネムをフィーチャーした「The Adventures of Moon Man & Slim Shady」もゴリッとした仕上がり。ラップ・ゴッドのエミネムが、NFLのドリュー・ブリーやマスクをしない人々を口撃した件(キレッキレです)が話題になっていますが、全力でラップ神にぴったりくっついて走るカディ夫のがんばりもほめてほしい。私は、ほめるよ。Go Kudi, GO!! そのキッド・カディが自身のうつ病体験を肯定的に捉えた、7月13日の連投ツィートが話題になっています。

訳してみますね(一部、つながりやすいように言葉を補足しています)
Speedin Bullet was a cry for help. I was literally screamin out to the world that I was hurting deeply and just wanted so badly to be understood
— The Chosen One (@KidCudi) July 12, 2020
Speedin Bullet は救いを求める叫びだった。文字どおり、俺は深く傷ついていると世界に向かって泣き叫びながら訴えて、なんとか理解してもらいたかったんだ。
The low sales from that album didnt bum me out. I thought it was raw as fuck to have it in my discography and I knew no one, NO ONE could have done something so ballsy and risk it all. A lot of people play it safe and are afraid to explore their sound. Ive always had no fear
— The Chosen One (@KidCudi) July 12, 2020
あのアルバムが売れなくても、がっかりはしなかった。あのクソ生々しい作品を俺のディスコグラフィに加えたかっただけ。あんなに勇敢にすべてを賭けてリスクを冒す人は、ほかに誰もいない。誰も、だ。みんな危なげなくやっていて、自分の音楽を追究しない。俺は、いつだって怖れないんだ。
So be fearless. Do what u feel. Trust me. It will lead u on a great path of self discovery and healing and growth. Theres so much to do and see in this life. Explore and go for it. Thats all I do.
— The Chosen One (@KidCudi) July 12, 2020
だから、怖れるな。感じたままにやれ。そこは俺を信じてみてよ。それで自分を発見して、癒して、成長できるような素晴らしい道が拓けるから。人生でやるべきこと、見るべきことはたくさんある。探求してみなよ。俺はそうしてる。
Yall see me shining. U can shine on too! By being you. Just be true to you.
— The Chosen One (@KidCudi) July 12, 2020
それで俺は輝いてるだろ。君だってできるよ! 自分らしくしていること。自分自身に誠実であること。
Speedin Bullet は2015年のアルバム『Speedin Bullet 2 Heaven』のこと。「カディがロック・アルバムを作った!」と話題になりましたが、それまでと音がだいぶ変わったので、ファンがついていけなかった作品です。2008年の出世作「Day’N’Night 」がすでに不眠を訴えていた彼。キャリア初期は、当時多かった「マリファナ大好き!」系のラッパーとして、アメリカのストーナー・カルチャーに貢献していたけれど、2013年、娘の親権争いに負けたあたりで「マリファナは止めた」と発言しました。しばらくして、うつ病による自殺願望に悩まされたこと、治療のためにリハビリ施設に入ったことを発表しました。これ、すごく勇気のあること。
アメリカでトップクラスの発行部数を誇る、ピープル誌のインタビューでも、うつ病から立ち直った経緯を話しています。曰く、「自分の痛みを音楽に変えたんです。だから、俺の音楽は(ほかと)違う。その違いが、俺のパワーです」と話している。このページでは、カディの肉声が聞けるので、興味がある人はぜひ。
2010年代のヒップホップは、死の匂いがついて回るリリックがほんとうに多い。それまでの、「殺してやる」が「自分が死にそう」に変わったように思います。それでも、フィクションかもしれない歌詞に入れ込むのと、自分の精神疾患を公表するのはまったく話が違います。カディも言っていましたが、一度はっきりさせてしまうと、それ以降ずっとその烙印がついて回る。それでも、彼が自分の体験をシェアして、自分の一部として生きて行く覚悟を見せることを選び、それで勇気をもらっている人はたくさんいると思うのです。このツィートでも、ワッカ・フロッカが「人を啓発するスピーチをするツアーをやったほうがいいよ。いろんな経験から立ち直ってきたんだから」と励ましていて、じん、ときました。
日本ではそこまで知名度が高くないようですが、キッド・カディの影響は大きいです。彼の内省的でメランコリックなラップは、そのあと大量に出てきた自分の感情に向き合うヒップホップの流れに続きます。もう一人、近い時期に内省的なラップで出てきたのがドレイクで、実際、カニエとドレイクが揉めるまでは仲がよかった。このふたりが発明したというより、男性性を強調するヒップホップが限界にきていたところで、ふたりが口火を切った、と私は思う。また、トラヴィス・スコットの「スコット」が、カディの本名「スコット・メスカディ」から取ったのは有名な話ですね。
『Kids See Ghost』のアニメも動き出したし、次はソロ・アルバムかな。
楽しみです。