メアリー・J.ブライジとボーイズⅡメン、T-ペインのドキュメンタリー3本を紹介

 雷つづきで無駄にドキドキする今日この頃、みなさんいかがお過ごしでしょうか。今回はアマゾン・プライムのメアリー・J.ブライジのドキュメンタリーと、ネットフリックスの『This Is Pop〜ポップスの進化』のボーイズⅡメンとT- ペインにフォーカスした回の話を。

音楽系バイオピックとドキュメンタリーが次から次へと出てくるのはうれしいのですが、出来不出来にバラつきが出てきたように思います。視聴時間も有限だし、賢く選びたいところ。この3つはブラック・ミュージック好きにとくにお勧め。「名前は知っているけどくわしくは知らないかも」な人に見てほしい作品です。見どころを解説しつつ、はしょり過ぎかな? とかそれは違うんじゃ、と思った箇所は適宜ツッコミを入れていきます。

1.『メアリー・J.ブライジ マイ・ライフ』

90年代のR&B、もといヒップホップ・ソウルの洗礼を受けた人たちには最重要シンガーのメアリーの最新ドキュメンタリー。かく言う私も、好きを軽く通り越して生き神様の一歩手前というか、「息をしているお守り・歌う御札」みたいな存在。現副大統領カマラ・ハリスさんの選挙期間中のテーマソングがメアリーの「Work That」だったのも話題になりました( これに関しては大まじめに解説記事を書いたのでぜひ)。

ライヴ映像だけでも見る価値があります。

アマゾン・オリジナルの本作は彼女のセカンド・アルバム『My Life』(1994)を中心に据えた内容。私もかなり楽しみにしていて、大きな締切りが2つ終わるまではじっと我慢したくらい。で。見始めて10分「…」。30分経過「……」。さらに10 分 経過「………」。半分くらいまで観て心の中で叫びました。

「やばい! 私、知らないことがひとっつもない!!!」

感じが悪いことを書いて、ごめんなさい。デビュー30周年を記念して彼女の功績を振り返りましょう、という意図でわかりやすく作られたドキュメンタリーなので、メアリー・フリークには少しだけ物足りないかも。メアリー本人と、周りの人もカメラを前にして期待された言葉を話しているわざとらしさも感じました。そういう意味では、ドキュメンタリーより、リアリティTVっぽいかもしれません。

それでも、このドキュメンタリーは必見。理由はシンプルで、昨年の5月に亡くなった業界エグゼクティヴのアンドレ・ハレルが、メアリーについて話している最後の記録になってしまったから。ハレルはメアリーを発見した人物で、その後もモータウンのトップになった重鎮です。59才で亡くなったニュースは少なからずショックだったので、彼が出てきたときは「あ!」と背筋が伸びました。自分の見せ方をいつも気にしているショーン“元パフ・ダディ”コムズとはちがって、ハレルはものすごいお金とエネルギーをかけて新人を売り出した時代のエグゼクティヴらしく、アーティストの人生を背負う覚悟でつきあっていたのが言葉の端々に出ています。ナスとメソッド・マンのコメントもいいです。音楽的には円熟した2000年代の作品のほうがメアリーの入門には向いていると思うけれど、彼女の育った背景を知りたい人はぜひ。

2.『This Is Pop〜ポップスの進化』Ep.1 「ボーイズⅡメン ブーム」

正直、アマゾンよりネットフリックスのほうがドキュメンタリー作りは得意だと思います。ただ、決めつけが激しいというか、結論ありきで進める傾向があるので、一歩引いて鑑賞したほうがいい。ネットフリックスのドキュメンタリーにはまった時期に、「この中毒性はなんだろう?」と自問、受け身で観ているのに終わったときに少し賢くなったような勘違いをさせるのが巧みだと気がつきました。ドラマや映画のクライマックスならともかく、ドキュメンタリーにカタルシスを求めるのは少し危険かもしれません。

熱量が高いドキュメンタリーには世論を動かしたり、歴史認識を変えたりするパワーがあります。たとえば、2016年のエイヴァ・デュヴァーネイの『13th -憲法修正第13条-』は「憲法上は奴隷解放されたけれど、いまでも多くの黒人はすぐに刑務所に入れられ搾取される別の奴隷制度に置かれている」とのショッキングな切り口でした。2020年のBlack Lives Matter  のデモ期間中は視聴者数が4600%(約46倍)になったそうなので、運動の遠因になったとみるのが自然だと考えています。わりと数多く出た、BLM 関連本でこの点はあまり指摘されなかったのは残念。

で、『This Is Pop〜ポップスの進化』。ポップス史上の様々な深堀りする興味深いドキュメンタリーで、切り口は多岐にわたります。エピソード1をボーイズⅡメンに、2をT-ペインを中心にしたオートチューンの話にしている自体、なかなか鋭い。いま、アメリカを中心に肌の色をもとにしたジャンル分けの解体、再構築がされている真っ最中で、このふた組を「ポップス」と分類してトップバッターに配したあたりに、このシリーズの主張があります。

ボーイズⅡメンは90年代頭に日本でも大ヒットした「エンド・オブ・ロード」など特大ヒットを放ったボーイ・バンドで、コーラスの美しさと品行方正な雰囲気が売りでした。ところで、 日本でよく見かける「ボーイズ・グループ」という言葉、アメリカでは使われないんです。ガール・グループにたいして、「男の子の集団」を意味する言葉は「ボーイ・バンド」。ジャニーズのグループは「ジャパニーズ・ボーイ・バンド」になるし、BTSは「コリアン・ボーイ・バンド」です。BTSに続く世界的グループを出す動きが日本でも活発な昨今、せっかくなら「ボーイ・バンド」呼びも定着すればいいのに、と思います。

実はこの曲が一番好きです。

あ、ボーイズⅡメンの話だった。エピソード1は彼らの人気ぶりと凋落の原因、そして復活と正統派の作り。脱退したマイケル以外のメンバーと、ベイビーフェイス様、そしてマイケル・ビベンスが出てくるので話にも奥行きがあります。ただし、バックストリート・ボーイズやイン・シンクなど白人のボーイ・バンドがボーイズⅡメンの影響を受けて(まねをして)売れ、そのせいで本体が失速した、との結論はまとめすぎというより乱暴に感じました。だって、ボーイズⅡンの強みは超絶コーラスで聴かせるバラッドです。一方、イン・シンクの強みはR&Bを下敷きにしたダンスポップとお揃いのダンスであり、80年代を制したビベンスやボビー・ブラウンがいたニュー・エディションや、その白人版だったニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックのほうがDNAとしては強そう。

私はボーイズⅡメンの功績を矮小化したいのではなく、正確に伝えた方がより彼らの特異性が際立つと思うのです。3人組になってからフィラデルフィアで取材をした際、私とメンバーの3人、マネージャーしか乗っていないエレベーターで3人が歌い出して。そのコーラスが美しすぎて、もったいなすぎて、少し震えました。ラスヴェガスのホテルでレジデンス公演をやっているようなので、海外旅行にいける世の中に戻ったら西海岸ツアーを決行したいと強く思いました。

3.『This Is Pop〜ポップスの進化』Ep.2 「オートチューン」

この回はめちゃくちゃ勉強になりました。実は、主役ともいえるT-ペインのあるコメントがきっかけで公開された直後にアメリカで大炎上したんです。彼はオートチューンを駆使した独特のサウンドで00年代の後半にヒットを連発したアーティスト。そのT-ペインが2013年に機内でばったり会ったアッシャーに「君はきちんと歌えるシンガーにたいしてひどいことをした (you really fucked up music for real singers )」と言われ、「4年間鬱状態になった」と言っているんですね。ドキュメンタリーの冒頭に出して強調されているうえ、アッシャー自身もオートチューンを「YEAH!」で使っていたため、ネットでフルボッコになりました。

代表曲をです。

T-ペインが鬱になったのは気の毒だし、若い頃から売れていたせいかアッシャーが時々、失言をするのは事実です。ただ、当時はオートチューンの多用に警笛を鳴らす風潮が強くてアッシャーはそれをうっかり口にしてしまっただけとも言える。見ながら、T-ペインはここまでアッシャーが責められるのは望んでいたのかな? と思ってしまいました。ちなみに、日本語の字幕では「4年間鬱になった」を「4年間の絶望が始まった」にしているため、彼の意図が分かりづらくなっています。

それはさて置き、このエピソードではどうやってオートチューンが生まれたのか、あの特殊な使い方が広まったのはなぜかを解説していて、「おおお!」となりました。私は録音技術の進化が歌い方や流行する曲調−−絶唱系というか、パワーバラッドのヒットはアデルあたりから減っている気がします−−にまで影響すると考えいているので、この手のドキュメンタリーはどんどん作ってほしい。「オートチューン」に関していえば、先駆者の人の話や真価に気づかないでバカにした司会者のくだりがとくにおもしろいです。なんでも、先に行き過ぎると理解されづらいんですねぇ。

このシリーズのエピソード3も「なぜスウェーデンは大物プロデューサーを輩出しつづけるのか」を切り込んでいておもしろいのですが、キリがないのでこの辺で。これくらい、ライトな文章はもっと気軽にアウトプットできるといいのですが、文字だと裏取りだの校正だの作業がどうしても増えてしまう。ポッドキャストやるかな。