Chance The Rapper 『The Big Day』大コケの理由

#プレ花嫁、#HappyWeddingDay、#HeppyEverAfter。人生で唯一、「主人公ですから!」と胸を張って周りのみんなに祝福してもらえるのが結婚式。SNS上でも同じで、結婚報告のポストがあれば、みな瞬時に温かい気分になり、祝福代わりの「いいね!」の嵐。‥‥1回めまでは。つい、調子に乗って結婚式、披露宴のポストをくり返し載せてしまうと様子が変わってくる。ウェディングハイなんだろうな、とはじめは寛大に受け止めていた気持ちが冷めて、ハネムーンのポーズ取りまくりの写真あたりで、スルーする人続出。SNSあるある、ですよね。

アルバムワーク。

さすがにその類のミスをする人がいなくなった2018年、チャンス・ザ・ラッパーは、正式なデビュー作『ザ・ビッグ・デー』で1時間17分、22曲をかけて「結婚した俺、おめでとう!」をやってしまったのです。MCだってひとりの人間、人生の大事な節目で変わった自分をリリックに込めてもいいとは思います。ミックステープという位置づけだったにもかかわらず、『カラーリング・ブック』でグラミー賞のベストラップを制した彼のこと、啓蒙的な意味合いだってあったでしょう。でも、「結婚した俺、おめでとう!」に被せて、婚姻関係を結んでいない人たちに向かってマウンティングじみたラップをしたのは、行き過ぎ。チャノ、どうしちゃったの? 豪華ゲストを呼んでこれ? というのが出てすぐに聴いたときの感想でした。

結婚指ををした左手で、ラインストーンを施した透明のCDを持っているアルバムワークの『ザ・ビッグ・デー』は、『カラーリング・ブック』には及ばないにしても、アルバムのサウンド自体はいいのです。ヒップホップにゴスペルを融合させた華やかなフォーミュラは健在。そういう意味では、リリック重視ではない人は、この先を読まずに純粋に音を楽しむほうがいいかもしれません。

海外の主要サイトは、ポップに寄りすぎたし、80分近くあるのは昨今の傾向としては長すぎるという理由で点数が低かったようです。ただ、そうであっても、リリックに様々な感情を込め、トピックも多岐に渡っていたらずっと評価は高かったと思うんですよね。とにかく、奥さんのキルスティンさんの話が多い。いくらファンでも、イヤホンの耳元やカーステから延々とのろけ話が流れてきたら、お腹いっぱい。世紀の美女、ビヨンセと結婚したジェイ・Zだって、その匙加減はきちんと守っているのに。

少し、リリックを見ていきましょう。

3曲目、Eternal。Side chicks can’t dance like this/ Side nigga can’t dance like this(二番手の女はこんな風に踊れない/本命以外の男も踊れない)というコーラス。「サイドチックス」は本来、浮気相手という意味だけれど、この曲では(結婚につながる)真剣なつきあい以外をしている人を含めているように聞こえます。「本命じゃない男は 買い物を頼んだこと自体忘れられる/俺が買い物に行ったらシェフごと連れてくるよ/息を切らせてね」というラインも、かわいらしいですが、前半でそこまでほかの人を落とす必要はないような。ニュージャック・スウィングを意識した私好みの曲なので、このリリックは残念。

5曲目、We Go High。9才で出会ったという運命の女性、キルスティンさんといくつもの困難を乗り越えた、と切々と歌い上げています。お酒を飲みすぎていた時期はアルコールくさい息で嘘を見破られ、セックスをおあずけにされたという、一昔前のB級ラブコメ・ブラックムーヴィーみたいな話も出てきます。

6曲目、I Got You (Always and Forever)。レジェンド・グループ、アン・ヴォーグとR&Bのアリ・レノックスとゴスペルのキエラ・シェードを招いて、俺たち仲良しだよね! ずっと一緒だよね! と歌っています。結婚式向きなので、予定がある方はぜひプレイリストに。

9曲目、The Big Day 。フランシス&ザ・ライツを招き、聖書を引用しながら、「人生最良の日がやっと訪れた」とくり返すタイトル曲です。囁くようなコーラスが素敵で、 私も好きな曲。結婚式向きなので、予定がある方はぜひプレイリストに。

10曲目 、Let’s Go On The Run 。そこのすてきなシスター(奥さんのこと)、ここを抜け出して家で楽しまないかい? という内容。結婚式向きなので、予定がある方は‥‥。

11曲目、Handsome 。俺はバッチリ決まって誘拐されそうなほどハンサムだし、君もすごい綺麗だね、という内容。ミーガン・ジー・スタリオンのヴァースは、「私、イケてるし」というコンセプトだけ守ってあとは喧嘩腰なのが頼もしいです。全体としては、結婚式向きなので‥‥(以下、同文)

ごめんなさい、リリックを読む込むの、まだ半分だけど、飽きてきました。

12曲、Big Fish。チャノが一番、言いたいことを集約した曲です。彼が一番好きな映画『ビッグ・フィッシュ』からアイディアを取ったそう。私は未見なのですが、大筋としてはお父さんのホラ話をを嫌っていた息子が、父の死にぎわで実はホラではなかった、と気づく話らしい。ティム・バートンは好きだし、ネットフリックスにあったので今週末観ようと思います。 鑑賞したところ、ティム・バートンらしいファンタジーが織り込み、結婚式のシーンから始まり、行き違いがあった父と息子が、父の死に際に和解する話でした。いい映画でしたが、チャノみたいな20代の男性が「一番好きな映画」として挙げるのは珍しいというか、やはり結婚と家族の重要性を説くのが彼にとって大事なんだな、と思いました。

リリックでは、チャノは「いい奥さんを捕まえたのは自分だけれど、実際、捕まったのは自分で、それはめったにないすばらしいこと」と言っています。客演のグッチ・メインの「Stand for something or you’ll fall for anything」はよく聞く言葉で、「信念がないと騙されやすい」という意味で使われます。

18曲目、Sun Come Down。なんか、私自身がヘイターみたいになってきましたね。冒頭のフェイスブックのリファレンスは合っていたみたいで、この曲のリリックをよくよく読んだら、セカンド・ヴァースを「誰を遺書に含めるか考えている」から始めて、「本気で結婚を祝ってくれる人以外は式には呼びたくない/それ以外の人はフェイスブックで見て<いいね!>とかつければいいじゃん」と突き放しています。それから、「そのうち親権を分かち合うだけになるよ(離婚するよ)」、「指輪は何カラット?」とか想定される悪口めいたコメントを並べ、奥さんと空へ飛んでいき、文字どおり「下を見るな」と言っています。うーん、自分たちが「上」で、コメントを書き込む人たちを「下」と言い切ってしまうのはどうなんでしょうか。

ほかは、キルスティンさんとの紆余曲折や、神様がいかにすばらしいか、「俺はもう独身じゃないぜ!」みたいな内容。そう、『ザ・ビッグ・デー』は自己肯定が強すぎる作品なのです。ヒップホップのリリックでは、札束を積み上げるのも、車から銃をぶっ放すのもOKだけれど、結婚式を挙げて「これが正解! 結婚した俺最高! 神様もっと最高!!」とやるのはNGというのは、皮肉だと私も思います。ただ、「気分」を伝えるのが音楽の大事な役割とすれば、札束や銃の話は一瞬、気が大きくなり、ワルな気分を楽しめるので「あり」なのです。そして、『ザ・ビッグ・デー』は「結婚した俺最高!」だけに止まらず、多くの聴き手の生き方を遠回しに否定し、ダメ出しをされているような気分にさせるので、「なし」と受け止められたように思います。

チャンス・ザ・ラッパーは、ほかの黒人男性に比べて自分がいかに恵まれているかわかっていないのか、お父さんがいるから最強とか、素晴らしい奥さんを見つけて幸せとか、「それ、身内だけで言っていればいいのに」といった内容をことあるごとに入れています。アメリカでパートナーはいても結婚しない男性が多いのは、養育費の取り立てが厳しく、離婚が大変という事情があるから。「下手な相手と結婚するとひどい目に遭う」と思っている人は多く、ヒップホップのリリックにもよく出てくる。シングル・マザーでがんばっているお母さんでさえ、自分の息子のこととなると、孫ができても「無理して結婚しなくていいよ」と言う人も多いくらい。それを取り持つのが、キリスト教などの宗教であり、チャノの絶対的な肯定感もそこに由来しています。

自分の結婚した日である『ザ・ビッグ・デー』をコンセプトにした作品で、多種多様なゲストを参列者に見立て、祝福のダンスの雰囲気にぴったりなサウンドを用意してくれたチャノ。でも、受け手側の事情や気分をあまり考慮しなかったがために、フェスティヴな音とは真逆の説教くささが漂ってしまい、それが大コケした一番の理由だと思うのです。

ストリーミングで一番、聴かれているのはダベイビーとメイドインTYOが参加しているHot Showerで、珍しく結婚ネタが入っていません。

チャノは、アルバムへの酷評に傷ついたらしく、最近おとなしいですね。テレビの仕事が増えたみたいで、おとといはMTVの番組、Wild’n OutでT.I.を相手に「オールドスクールVSニュースクール」でMC バトルをしていました。ヒップホップ系芸能人にシフトするのはちょっと早いぞ。T.I.くらい名盤をいくつか作ってからでも大丈夫。

このブログを書いてみて、『ザ・ビッグ・デー』は結婚式のBGMとしては最高だと気づいたので、予定がある方はぜひ。