マライア・キャリーの自伝『The Meaning of Mariah Carey』が邦訳されるべき6つの理由

「マライア・キャリーは、黒人である」。これを読んで驚く、日本のファンはまだ多いでしょうか。正確には、アフリカ系の父と、アイルランド系の母をもつ、バイレイシャル––「ハーフ」という言葉は少しネガティブな響きを含むので、私は「バイレイシャル」が定着してほしいです––つまり、ふたつの人種に属する人で、  先日、全豪オープンを制した大坂なおみ選手や、バラク・オバマ元大統領もそう。昨年の12月に発売以来、ファンの間で大反響を巻き起こしている自伝『The  Meaning of Mariah Carey』(直訳;マライア・キャリーの意味 意訳;マライア・キャリーであること)は、その前提をまず頭に叩き込んで、彼女の子ども時代の苦労も、ヒップホップ・カルチャーへの思い入れも理解できる構成になっています。

このブログの目的(下心)は、かなりシンプル。「マライア・キャリーの自伝を日本でぜひ、出版しましょう!」という。もしかしたら、もう話が進んでいて、私が知らないだけかもしれないけど(その場合、ご存知の方はこそっと教えてくれるとうれしいです)。

本物のディーヴァ感満載のすてきな表紙です。

私、アーティストの自叙伝やエッセイがわりと好きで、ここ2、3年だとコモン『Let Love Have Last Word 』、アリシア・キーズ『More Myself』、アーティストではないですが、ハーレムの伝説のデザイナー、ダッパー・ダン『Made in Harlem ;  Memoir』あたりを読みました。それぞれ、楽しい読書体験だったし、学ぶところも多かったです。それでも、マライア本のインパクトは群を抜いていて。まず、アマゾンのオーディブルを初めて利用して、マライア本人の読み聞かせで聞いてから、ハードカバーの本も購入。オーディブルは家事などをしながら聴けるのが、いいですね。ただ、語り口で感情が伝わってきてしまう分、文字を追うほうが想像で補う楽しみがあるかも。この本にかんしては、マライアが語りかけてくれる気になれて(時々、歌ってくれて)、それがすごく楽しかった。

では、『The Meaning of Mariah Carey』が邦訳されるべき6つの理由、行ってみます。

1.マライアが語りかけているようで、とにかくわかりやすい。アーティストのオフィシャルな自伝は、プロが聞き書きして共著にするのが一般的。アーティストの話の肝を汲み取って、整理しながらファンに話しかけているように書くので、長〜いインタビュー記事みたいで読みやすいのが魅力です。2010年に出版されたジェイ・Z『Decoded』も、ヒップホップ雑誌の草分け、The Souceの名物ライター、ドリーム・ハンプトンが書いていました。マライアも、アーバン系の雑誌EssenseとVibeのファション・エディターだったミカエラ・アンジェラ・デイヴィスを起用しています。写真を確認したところ、ニューヨークでのリスニング・セッション(新婦のお披露目会)などで見かけた人でした。ミカエラさんも、おそらくバイレイシャル。マライアが自分自身とバックグラウンドを深く理解してくれる人、として選んだように思います。

ミカエラさんは真ん中の『Honey』にも関わっていました。1999年の号。ちなみに、この3冊はNY→東京の大引っ越し(大断捨離)に生き残った強者、宝物です。

2. 詳しくない人には新鮮、長年のファンにとっては説得力がある。端的に説明すると、『The  Meaning of Mariah Carey』は、彼女の生い立ち、スターダムに上り詰めるまでの苦労、一気にスーパースター兼社長夫人となり、シンデレラ・ストーリーと思いきや、まったく幸せではなかった結婚生活と離婚劇、キャリアのスランプ、家族の裏切り、そこからの大復活劇が時系列に語られます。あまり詳しくない人は、「え? そんなに波乱万丈なの?」と思うこと請け合い。ファンは知っている出来事が多いですが、本人がそのときの気持ち、それをきっかけに生まれた曲まで語っているので、響き方が違う。

3.ヒップホップが主流に食い込む過程が学べる。マライアの体験がメインストーリーで、ヒップホップが主流に食い込む流れをサブストーリーという、音楽史としても読めます。トップ・ディーヴァだったマライアが、一人目の夫、米ソニーの社長だったトミー・モトーラに反対されながら、パフ・ダディやウータン・クランのオール・ダーティ・バスタードを強行突破で起用した経緯や、親友となったフィメイル・ラッパー、ダ・ブラットとの出会いの話が、とくによかった。ダ・ブラットについて、マライア本人が「親友」と公言していた理由が、子供時代の孤独から来ているのがわかって、グッときます。

4.トップで居続けるためのビジネス書として読める。音楽業界頂点の裏側が覗き込める点も、とても興味深かったです。離婚後、トミー・モトーラが仕切る米ソニーと関係がうまくいかなくなった際、マライア本人が来日し、親会社となる日本のソニーの当時のトップ、大賀典雄氏に直接会った話は、日本のエンタメ史にとっても貴重な一コマです。マライアの日本文化への理解も記されていて、感銘を受けました。ヴァージン・レコードへの記録破りの契約金を伴う移籍、その失敗、ユニバーサルでなぜ、不死鳥のごとく復活できたのか。そのあたりも自己分析していて、ビジネス書とも読めます。

5.ラヴ・ソングに昇華された恋愛遍歴がわかる。マライアといえば、華やかな恋愛遍歴も期待したいところ。その辺りも裏切らず、ニューヨーク・ヤンキースのデレク・ジーター、ラテン・エルヴィスと呼ばれるルイス・ミゲルとの恋、それらの体験が元になった曲(!)も、赤裸々に書いています。ニック・キャノンの結婚〜離婚はページ数が少ないですが、彼とはふたりの子どもがいるので、細心の注意を払った結果かな、と。日系人のボーイフレンド、ブライアン・タナカも詳しく知りたかったですが、さらっと、でもいいことしか書いていないので、うまく行っているのかもしれません。

6. 世紀の友情と名曲の背景がわかる。こういった自伝が100%真実だとは思いませんが、かなりぶっちゃけている部分が多くて、マライア・キャリーが世紀の歌姫と君臨しつつ、ひとりの人間としても理解してほしい、という本音が強く迫ってきます。私にとってのハイライトは、同時期にトップに立ち、散々比べられ、不仲説まで流されたホィットニー・ヒューストンへの想いを語るくだり。また、「Hero」「All  I  Want for Christmas is You」、「We Belong Together」など、名曲中の名曲の生まれた背景、時代とともにどういう意味を帯びたのかも記され、奥行きがあります。

‥‥ってほめ殺しみたいになってきたので、この辺りでやめますが、ぜひ、ぜひに邦訳を望みます。それに私が関われたら、ほんとうに光栄でうれしいですが、そうでなくても、日本のファンがすんなり読める日が早く来ることを切に願います。名著です!