3ヶ月が経ちましたね。

日本のことを気にしながら、こちらで淡々とやっています。

すでに天災よりも人災になってしまっているようで、Twitterや送られてくるe-mailを読みながら、「海外で一息つきたい人のために、NYの短期滞在の基本情報を書いてみよう」と思いついては、「読む人によっては、蚊帳の中でぬくぬくして何を能天気なことを書いているんだ」と取れられてしまうかもしれない、それだけならまだしも、誰かに嫌な思いをさせたり、傷つけたりするかもしれない、と考えてしまって、筆が進まないのでした。

横尾忠則さんが「日本は戦わずして戦争に負けてしまったようなもの」と書かれていらっしゃしましたが、まさにそういう状態なのでしょう。海外に住む日本人は、敗北感を味わいつつ、しかし現実としては全く負けてない(変わっていない)生活をし、それが故の疎外感と、ひねくれた焦燥感、どうしようもない罪悪感を少し抱えているのではないでしょうか。

ひねくれた焦燥感とは、祖国の未曾有の出来事をいっしょに体験しなかったため、これから一生、「共通体験をしなかった日本人」として生きて行くのだなぁ、という思いです。ただし、日本の中でも原発を巡って意見、いや、生き方の違いが際立って、それが原因でギスギスした雰囲気になっているようですね。それも、心配しています。

みんな違って当たり前だと思うのですが、ストレスが強い状況なので、不安を軽くするためにもなるべく同じであって欲しい、と思う気持ちの裏返しかもしれません。ここ1ヶ月、日本から仕事で来た人と話す機会が数回あって、それぞれの人の震災体験や感じたこと、 見たことを聞きました。ほとんどが東京、東京近郊に住む人だったにもかかわらず、立場や性格によって皆さんまったく違う「アウトプット」を持っていて、「共通体験など、なかったんだ」という結論に至りました。

結果、疎外感と罪悪感はやはりあるのですが、もっとも説明しづらかった焦燥感はなくなりました。文字だけの情報を追うだけではなく、人と話すって大事だな、と思った次第です。

音楽の仕事もぼちぼち通常ペースに戻りつつあり、ジョーの自宅取材(近々、写真をアップします)や対訳のお仕事、Mighty Crownが主催した『Reggae 4 Japan』のレポート(Nasが飛び入りしたんですよー)など担当しました。

自分がいるところで、自分が出来ることをするしかないのだなぁ、と、ありきたりなオチで、ごめんんなさい。

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