クリント・イーストウッド、政治を語る〜もっとも誇りに思っている作品は『硫黄島からの手紙』

また、ブログの間隔が空いてしまいました。「せめて週1でアップデートしよう!」と年始に思った、あの決意はいずこへ。年始から2月いっぱいまで忙しく、3月は少しのんびりやりたいなぁ、と思っていたらウクライナ侵攻が始まってしまって。... Read More

メアリー・J.ブライジとボーイズⅡメン、T-ペインのドキュメンタリー3本を紹介

 雷つづきで無駄にドキドキする今日この頃、みなさんいかがお過ごしでしょうか。今回はアマゾン・プライムのメアリー・J.ブライジのドキュメンタリーと、ネットフリックスの『This Is Pop〜ポップスの進化』のボーイズⅡメンとT- ペインにフォーカスした回の話を。... Read More

Weekly Recap  06.01-06.11 池城、まだナスかナズか問題引きずってるってよ。とムスタファとサマー・オブ・ソウルの話。

「週間報告」なのに3週間以上経ってしまいました。遡るのも大変なので(怠惰&弱気)、6月からの出来事を再生しましょう。まず、寝た子を起こしてしまった「ナスなのかナズなのか問題」。これ、1994年に本人が「ナズではない」と言っているインタビューの画像を送ってくださった方がいて、さらに「よく考えたら日本でナスを売り出した人と仲良しだった」という、なんでそこ忘れるかな、なポイントを思い出して「なぜ変えたのか」の話も聞けました。それは最後にまとめて。その前に「最近のお仕事レポートとよく聴いているおすすめアルバム」と「サマー・オブ・ソウル」の話から。... Read More

Weekly Recap. 4.4-4.18 ブラック・ロブの死と、最近観た映画と。

忘備録代わりに、週ごとをふり返るウィークリー・リキャップを4月から始めたのに、早速、2週間分まとめて書いているダメ人間です。その間にDMX逝去との、個人的にもヒップホップ・ワールドにも大きなニュースがあり、2本ほど追悼記事を書きました。翌週、2000年のメガ・ヒット“Whoa!”を飛ばし、バッド・ボーイ黄金期を支えたブラック・ロブ(Black Rob)が腎不全で亡くなりました。DMXの方がずっと大物ではありますが、どちらも50代に入ったばかり、世紀が変わる時期に活躍、と共通点が多いので名前を聞いてパッと曲と顔の両方が浮かぶ人はショックが続いたのでは。... Read More

Weekly Recap 3.28 -4.3  DMXがとにかく心配。

目の前の締め切に右往左往するばかりで、日々見つけたこと、感じたことを記録するのをサボってしまいがち。ニュースそのものは間が空いても調べられるけど、自分がどう感じたかは消えてしまう。そこで、週をふり返るブログを書いてみます。続けばいいな。続かなくても、いいけど(と、将来の自分のプレッシャーを取り除いておきます)。... Read More

The Weeknd 『After Hours』のヴィデオ観た?

The Weeknd の4年ぶり4作目『After Hours』の快進撃が止まりません。ビルボードのHot100にアルバムの収録曲ぜーんぶ(!)14曲がチャートインしている異常事態。アルバムチャートも当然、1位。日に日にサバイバル・モードが強まる今日この頃、彼の美声はとてもありがたい癒しだから、納得です。同じ3月21日にリリースされたChildish Gambinoの新作は全曲解説をきちんと書いたので、このブログは軽くThe Weekndが昨年の12月から順番に公開している連作ヴィデオをナヴィゲートしますね。これが、よくできたホラーなコメディ。そうそう、4月17日に発売される日本盤で、先行リリースされた3曲以外の歌詞対訳を担当しました。だから、まぁまぁ詳しいですよ。... Read More

ジョン・シングルトン逝去に想う

少し前に脳卒中で倒れ、昏睡状態だったジョン・シングルトン監督が亡くなりました。享年51才。タイリースとタラジ・P・ハンセンがお見舞いに行ったニュースがあったので持ちこたえたのかな、と思っていたのですが。生命維持装置につながれた状態で、家族がこれを外した、まだ外していないというニュースが昨夜、錯綜して私も亡くなったツィートを一旦、消して眠りにつきました。... Read More

映画『デトロイト』とケンドリック・ラマーのグラミー賞パフォーマンスをつなぐ線

50年前、デトロイトでの暴動中に起きた悲劇を描いた『デトロイト』を観たのが1月27日の土曜日。それから、1日半後にケンドリック・ラマーがグラミー賞のオープニングのパフォーマンスで話題をさらいました。 『デトロイト』で描かれていた出来事と、ケンドリック・ラマーが出番の最後で見せた赤いフーディーを着たダンサーたちを銃声とともに撃ち殺していくジェスチャーは、一本の線で結ばれています。 アメリカが抱える大きな闇、警察官による黒人男性への暴力と、それを野放しにする司法制度という消えない線。 公開中の『デトロイト』は、実話です。1960年代、自動車産業と音楽で盛り上がっていたミシガン州デトロイトで人種間の軋轢がひどくなり、店頭を襲い略奪するなど暴動が続く中で起きた実話をもとに、取り締まりを口実に私刑(リンチ)をした警官が有罪にならなかった顛末を追っています。『ハートロッカー』でオスカーを獲ったキャサリン・ピグロー監督らしく、カメラがグイグイと寄り、銃を突きつけられる絶望感が伝わってきて、すごい迫力。被害者に、後に“Whatcha See is Watcha Get”などのヒットを飛ばすドラマティックスのメンバーがいました。歌でアメリカン・ドリームを追うはずが、アメリカのシステムに裏切られるくだりは本当に切ないです。     楽しい映画ではありません。いや、とっても怖い映画ですが、「差別意識がないのだから、顔を黒く塗るブラッックフェイスは日本ではセーフなのでは?」という案件を先月、真剣に考えた人にはヒントになるように思います。 「なぜいけないか」を理論的に説明した文章はいくつかネットにあるのでそちらを参考にしてもらうとして、私はものすごくざっくり、感情的に(実際、この件を考えるたびに 緊張してぐったりします)、海外に住んでいる人が 日本の芸能人のブラックフェイスを見ると「ヒィーーーーッ」と恐ろしいものを見たような反応になるのか、書きますね。   それは、「無神経だから」です。   今、肌の色を変えて笑いを取ろうとする姿勢が、とてつもなく無神経に映るのです。「日本ではピンとこないだろうけど、差別つもりはないかもしれないけど、気を遣え」。これが、「ヒィーーーーッ」となる理由です。 「浜田雅功さんはエディ・マーフィーのマネで、エディ自身、肌の色を塗って他人種になっているのだからいいのではないか」という反論も目にしました。   ダメなんです。   エディ・マーフィーという人は、老若男女、肌の色や体型まで完全に変えて一人で何十人もの人を演じ分ける芸風で有名になりました。白人やアジア人にもなるのは、社会風刺のための手段。「こんなに化けられて面白いでしょ」という面もあるけど振る舞いや話し方まで含めて化けるから風刺になるのです。色を塗って終わり、とい単純な話ではないし、見ていて誰も不愉快にはならない。   ケンドリックの話をします。赤いフーディーは、2012年に黒いフーディーを被って夜道を歩いていただけで怪しい、と本物の警察官でさえない、自警団のジョージ・ジマーマンに撃ち殺されたトレイヴォン・マーティン事件に起因します。トレイヴォンくんは、17歳でした。ジマーマンは無罪になった上に、判決後は安全な場所に匿われました。この時、大統領だったオバマさんが「二人の娘を持つ父親として、とても悲しい判決だ」と言葉を選んで本音を伝えました。 この事件の後も、もう何十件も似たような事件が起き(Black Lives Matter/ブラック・ライヴス・マターで調べてください。その数の多さ、無慈悲さに戦慄します)、相変わらずポンコツな陪審員制度で警官はまず無罪になっています。「ブラック・ライヴス・マター(黒人の命だって尊い)」というキャッチコピーがついたおかげで最近のムーヴメントだと勘違いする人もいるようですが、ずっと続いているアメリカの暗部です。 私も2000年頃、ニューヨークにきて間もない人に「ブルックリンの警官は凶暴だと聞くから」と一緒に家まで歩いて欲しいと言われたり、同じ時期にアジア系の警官が目につくようになって、話したら「白人以外を積極的に採用しているんだ。まぁ、居心地は悪い」と言われたりしました。ずっと続いている問題なのです。 ここ最近は、暴動こそ起こりませんが、報復で警察官が殺される事件も起きています。平和を訴えるデモが起こり、そのデモに今度は差別主義者が割って入って衝突。トランプさんは「どちらも悪い」と大統領としてあるまじき発言をして事態を煽りました。 その絶望を映すのが、ケンドリック・ラマーのアルバムタイトル「Damn(ちくしょう)」であり、アートワークの虚ろな表情なのです。もちろん、それだけではなく、スターになった孤独、愛、宗教、自分の中の葛藤など、ラップしている内容は多岐に渡っていますが(前作の方がBlack Lives Matterを象徴する内容でした)。時代の気分をラップで的確に、詩的に切り取ったから、彼の4作目は高く評価されたのです。 日本には日本特有のストレスがあるし、この問題を親身になって一緒に怒ったり、海のこちら側から解決したりしよう、というのは偽善かもしれません。 ただ、無神経な振る舞いはやめないと。ハロウィンに黒塗りとか、完全にアウトです。 アメリカでは黒人の人だけでなく、すべての人種がこの問題を憂えています。だって、そうでしょう。罪のない同僚やクラスメート、近所の人が警察官に誤解を元に暴力を振るわれて、おまけにその警官は法に守られているため、似たような事件が続く国が自国なんてふつうの神経なら辛いです。   アメリカでは暴動が起きない代わりに、いや、起こさないように映画やテレビドラマ、音楽でこの問題に関するメッセージを含めた作品が次々に生まれています。話題作『スリー・ビルボード』(大傑作)も伏線の一つも、それです。アメリカのエンターテイメント作品に触れる機会が多い人は、あまり楽しくなくてもこの事実は頭の片隅に入れておいて、動向を見守ると理解が深まると思います。 昨日、正式に公開になったケンドリック・ラマーのパフォーマンスです。途中で言葉を挟むのは、90年代に一世を風靡した後、体調を崩して活動休止をしていたデイヴィッド・シャペルです。エディ・マーフィーをさらにエグくした芸風の人ですね。   https://youtu.be/QeFwtA3p4Mw キツめの文章におつき合いいただき、ありがとうございました。気分を戻せるように、ソウルフード・レストラン「Peaches」のブランチ・メニューの写真も貼っておきますね。 ... Read More

トレスポ世代。

トレイン・スポッティング、もといT2の話です。ネタバレバリバリ、というか、観た人が読む前提で書きます。 これから見る予定のある人は、読まないほうがいいかもしれません。 巨匠ダニー・ボイルの〜、とか、イカした4人組の〜、とか。エッジの効いた音楽と、スタイリッシュな映像と、絶妙の疾走感。そして、何よりも登場人物の外見のせいで「かっこいい」ことになっている作品だけれど、私は、昔もいまもトレスポは、 「ジャンキーの青春残酷物語」 だと捉えていて。赤ちゃんのシーンは、軽くトラウマになっていて。一番、マジメだった仲間の死に方もひどいし(演じた俳優さんは「グレイズ・アナトミー」でかっこいいお医者さんを演じていますね)。 21年前の公開当時、ちょうどニューヨークに引っ越したばかりで、街中にポスターが貼られていました。 仕事も希望もない、ギリギリの福祉はあるから働かなくても、ギリギリのラインで生きていける。余った時間はドラッグで潰す。そういう人、ニューヨークにもいました。 後半のロンドンで悪さをするシーンは、小気味よくて好きなんですけど。T2を見る前に、最初の作品を復習したら、記憶の中で前半と後半がほとんど別の作品としてインストールされていて、びっくりしました。 テンポを落としたT2は、中年残酷物語ではなく(まぁ、そういう面もあるかな)、ひたすらスパッド演じるユアン・ブレムナーの怪演にひれ伏す2時間でした。 トレイン・スポッティングは、主要キャラクター全員がその後、大活躍した映画としても知られています(ロバート・カーライルはその前からスターですが)。その中で、ブレムナーだけ少し、影が薄くて。でも、影の主人公である彼が演じたスパッドに隠れた文才があって、家族も心のどこかで待っていて‥というオチは、人生を選ばなくても、人生が待っていてくれた、という理解でいいのでしょうか。 「心がきれいな、救いようのなジャンキー」という設定に「実は冷静に周りを観察していて、文才もあるジャンキー」という、もう一段階深い真実が明かされ、それを表情ひとつ、体を傾ける角度ひとつで演じ分けていました。 ちなみに、一周回って彼が書いたことになった原作を読んでみようかなー、とkindleでサンプルをDLしたところ、すごいの。

These foreign cunts’ve goat trouble wi the Queen’s fuckin English, ken.”... Read More

N.W.A. ストレート・アウタ・コンプトン Pt.2

こちらはPt.2です。私が考えるヒットの理由を書いたPt.1はこちらです) N.W.A.は暴力に満ちた現実を、暴力的な言葉で伝えました。「ギャングスタ・ラップ」の祖と言われていますが、映画中でのアイス・キューブの言葉を借りれば、「リアリティ・ラップ」の祖でもあります。「ひどい言葉を使って、ひどいことを言うな」と批判する恵まれた人たちと、「いや、曲の中身より現実の方がもっとひどいから」と応戦するアーティストのギャップを映像で見せたのが、この『ストレート・アウタ・コンプトン』とも言えます。 オープニングの週で興行成績1位を記録した直後、ジャーナリストのディー・バーンズが有力ブログサイト、Gawkerに「映画ストレート・アウタ・コンプトンで描かれていないこと」というタイトルで、ドクター・ドレーに殴られた件について手記を載せました。これが、さすがプロが書いた、ドラマティックかつ説得力のある文章で、派手に波紋を呼びました。彼女は元々N.W.A.のメンバーと近く、人気番組“Pump Up”のホストを務めた際にアイス・キューブがN.W.A.を口撃するのに加担した、と取られて、クラブでドレーと言い合いになり、手を上げられたそうです。ほかにも、元カノのR&BシンガーもDVを受けていたそうで、ドレーはビジネス・パートナーのアップルと共同で、謝罪の文章を発表しました。 うーん。N.W.A.~デス・ロウ時代は、ドクター・ドレーも怖かったこと、みんな忘れているか、新しいファンは知らないのかな、と思いました。このディーンさんはドレー版『Behind The Music』にも出ていました。そこでドレーは「言っていることは大げさだけれど、事実だし後悔している」と言っていて、裁判も示談で終わっています。男性が女性に暴力をふるうのは、最低です。それは、絶対にそう。でも、彼女の文章は「私はもっと有名になるべき人間だった」というエゴが行間に滲み出ていて、鵜呑みにできない。映画でも、シュグ・ナイトが怖過ぎて目立たないものの、ドレー役もいいペースで、人をバンバン殴っています。彼女が書くように「いい人ぶっている」とは思わないし、ヒップホップのリリックが内包する女性蔑視の問題を、N.W.A.だけに原因を求めるのも、違うでしょう。 ディーンさんは、「黒人の男性は、社会で暴力にさらされて、その鬱憤で黒人女性に対して暴力を振るう」とも書いていて、鋭いです。手を上げられた当人が恨んでいるのは仕方ないでしょうが、それに張り切って乗っかっている人たちは、私の目にはどうしても憂さ晴らしに映ります。ほかに、怒りを抱えているのかな、という。 Facebookで「女性蔑視の映画なのね。観なくていいかも」と書き込む黒人女性の友だちは多いし、ワシントン・ポストやヒップホップ・サイトとして大きいOK Playerまで「ドレーはひどい、映画は真実を伝えていない」と書き立てているのは、2015年にこの映画がヒットしているそもそもの理由、「黒人男性に対する偏見」を結果的に助長していて、そちらの方が負のループだと思ってしまう。ドレーでも、ジェイ・Zでも、黒人男性が社会的に大成功すると、ほかの人種よりひどく反発され、足を引っ張られます。 N.W.A.は、ドレーの天才的な音楽センスと、アイス・キューブの巧みに言葉を操る才能、そしてイージー・Eのカリスマ性が合体した奇跡のグループです。ドレーもアイス・キューブも、なんどかすべてを投げ出して人生をリセットし、その度にさらに大きな成果を出して来ました。アイス・キューブはすっかりハリウッドの重要プレーヤーだし、ドレーはAppleのビジネス・パートナーです。 映画を見ながら、タイミングや運、才能ももちろん必要だけれど、それ以上に上に行く人は、誰を信用するか、誰に手の内を見せるべきかを、痛い思いをしながら学ぶんだなぁ、とも思いました。 日本でも公開されますよう。... Read More