リル・ナズ・X(とビリー・レイ・サイラスの)Old Town Road Remixがビルボードホット100の18週連続1位を達成しました! これ、すごい快挙です。
ビルボードのチャートはアーティストや曲の「すごさ」を強調するために、さまざまな計算をして使われるけれど(3つのチャートで同時トップ10入り!、とか)、シングルの売り上げ、ラジオプレイとインターネットのストリーミング回数を加算するホット100はメインのチャートで、ダイレクトに「人気の曲」を映し出すので、1位を獲ること自体、大変です。
それを、18週間連続の新記録を達成。それまではマライア・キャリーとザ・ボーイズ2メンのOne Sweet Day(1995年)と、 ルイス・フォンシ、ダディ・ヤンキー、ジャスティン・ビーバーのDeapacio(2017年)の2曲が16週間連続がタイ記録を保持していました。
リル・ナズ・XのOld Town Road Remixが17週に入った時点で、マライア様がすぐにツィートで祝福して、ナズ・Xがお礼を返す、というすてきな出来事もありました。
(私のウェスタン・ブーツ。たぶん、この靴と小学生のときに初めて買ってもらったバスケットシューズが人生で思い入れのある靴です。東京ではまだ履いてないけど)
快挙の理由を解説すべく、このブログは3部構成でいきます。まず、Old Town Road Remix大ヒットまでの経緯とナズ・Xの成長を箇条書きで(といってもまだ20才)、リミックスのPVを10倍楽しむ方法(って切り口が古い)、そして池城美菜子が考える「ヒットのココロ」です(まじめ)。
行ってみましょう。
<リル・ナズXの成長とヒットの経過>
○1999年4月、モンテロ・ラマー・ヒルとして、アトランタ郊外の小さな街に生まれる。あと8ヶ月遅かったら21世紀生まれという若さです。
○6歳で両親が離婚、お母さんとお婆ちゃんがいるプロジェクト(低所得者向け団地)に3年、10歳前後でより安全なお父さんの家へ引っ越し。4年生から学校でトランペットを始め、中学校でファーストチェア(オーケストラの第1ヴァイオリンみたいな大事なパートだと思う)を担当するまでに上達。でも、吹奏楽部はクールではない、と思っていたため、あまり公にせず。
○大学を1年で中退。それ以前からネット上の有名人になるべく膨大な時間をネットに費して結果を出していたことから、アルバイトをしながら本腰を入れる。当時、憧れていたラッパーは、ニッキ・ミナージュ。
○トラックもネット上で探し、「毎日100曲チェックして」オランダのビートメーカー、ヤング・キオ(こちらも19歳)から30ドルでOld Town Roadとなるトラックを買う。ナイン・インチ・ネイルズのGhost IV – 34のイントロ部分をサンプリングしたトラックで、ナズ・Xは「バンジョーの音がやばい!」とすぐに連絡して購入したそう。
○2018年暮れに、リリックを載せたOld Town Roadを振りつきでTikTokに公開。#yeehowchallenge(イーハオーチャレンジ)とのハッシュタグで瞬く間にバイラルに。
○ビルボードのホット100に83位に初登場。カントリー・チャートとヒップホップ/R&Bチャートにも入り(あ、3つのチャートに同時ランクインです)、レコード会社が争奪戦をくり広げた結果、3月にソニーと契約。本人が「カントリー・トラップ」と呼んでいたにもかかわらず、ビルボードがカントリー・チャートから外したため、「人種差別だ」と物議をかもす。
○4月、ナズ・X側は慌てず騒がず、マイリー・サイラスのお父さんで、彼女のシッコムにも出ていたカントリー歌手のビリー・レイ・サイラスをフィーチャーしたリミックスをドロップ。カントリー・チャートにも返り咲き、さらに大ヒット。ヤング・サグ、ディプロ、ヨーデル少年ことメイソン・ラムジー、BTSのRM(こちらはタイトルをソウルタウン・ロードに変えています)をフィーチャーしたリミックスも用意し、どれもヒット。BTSに行くあたり、なかなかの策士。
○5月、リミックスのヴィデオを公開。8月13日時点で再生回数2億6千回以上。
○6月、イギリスのテレビ番組BBC にて、ゲイであることをカミングアウト。
○BETアワード、CMA(カントリー・ミュージック・アワード)の両方でパフォーマンス。これを見比べると、「本質的にカントリー寄り」というナズ・Xの発言は妥当だな、と思います。CMAでは、ニコール・キッドマンの旦那さん、キース・アーバンも参加していて、お客さんもみんな笑顔です。
<リミックスのPVを10倍楽しむ方法>
初めて見る方は、まずまっさらな気持ちでどうぞ。
十二分、笑えたと思います。
ヴィデオ・ダイレクターのカルマティックが監督ですが、ナズ・Xのアイディアもたくさん入っていそう。なんか、間がいいんですよね。タイムスリップをしたあと、一呼吸おいて、カントリーダンスのステップを披露するところとか。
小ネタを拾っていきます。
・冒頭でナズ・Xを追う側のボスは、超大物コメディアンのクリス・ロック。傍にいるのが、Vineで人気が出たハハ・ディヴィス。
・「この辺りで夜を越そう」というビリーに対し、「どうだろうね、以前に来たときは歓迎されなかったよ」とナズ・X。「今回は俺と一緒だから大丈夫だよ」とビリーが言っているのは、カントリー・チャートで締め出された(=カントリー界隈で受け入れられなかった)ことを指しています。
・タイムスリップ後、子どもと対面した直後に出てくる若者が、プロデューサーのヤング・キオ。
・馬VS車の路上レースをくり広げる相手はヴィンス・ステイプルズ。レースに負けて、「いいよいいよ、馬の脚にV12(V型12気筒)を装着してズルしたけど、別にいいよ、払うよ。てか、前に見かけた気がするけど、コンプトン出身?(馬に乗っている女の子を撮影している仲間を見て)あ、そこ、人の所有物で遊ばない! 申し訳ない、ごめん。さぁ、もう行って」とたたみ掛けるようなセリフ運びがほんとうに上手。往年のクリス・タッカーを思い出します。ラッパー兼俳優のキャリアもうまくいきそう。
・お年寄りのビンゴ大会で、なんかの係をしている派手なお姉さんがラッパーのリコ・ナスティ。
・体育館でビリー・サイラスとライヴをしている後ろでウォッシュボード(洗濯板を改良した楽器)をかき鳴らしているのは、ディプロ。ブラッド・ピットにちょっと似ている、と書いたら、ほめすぎかな(でも、似てる)。
・最後にちらっと映るカウボーイ・ハット&ブレイズの女性はライターのジョジィー。
ほかに、絵文字だけで作ったヴァージョンのヴィデオもあります。ナズ・X、youtubeのツボもわかっています。
<ヒットのココロ>
黒人ラッパーがカントリーをやって珍しかったから、とか、インターネットの特性をよくわかっている人が中毒性の高いキャッチーな曲を用意したから、という単純な説明ではもうカバーできないほどヒットして、大きな現象になっているリル・ナズ・X(とビリー・レイ・サイラスの)Old Town Road Remix。
私、これはアメリカ人にとって「クールな盆踊りソング」だと思うのです。
Tiktokで爆発的に流行ったのも、アメリカ人のDNAにふかーく染み込んでいるカントリーウェスタンの調べが2019年仕様のトラップに挟まれて、汎用性があったからではないか、と。弱冠20歳のナズ・Xですが、子どもの頃から散々トランペットで「アメリカを代表する曲」を吹いてきて、そのあたりの嗅覚は鋭いはず。
それから、「お前がどんな高級車に乗ろうと、俺はこの馬に乗って行けるところまで行くよ」という内容。
フックの“Can’t nobody tell me nothing, you can’t tell me noghing”は、「誰にも口出しさせない」という意味の捨て台詞。カニエ・ウェストも似たようなタイトルの曲がありますね。これも、アメリカ人気質に沿った、安全な道ではない、わが道を行きたい開拓者精神がよーく出たリリックです。
初めて聴いたとき、「これ、アメリカ人なら本能レベルで好きなやつだ」と思い至り、日本人に置き換えたら、つい見てしまう「水戸黄門」みたいなものかな、と考えつつ、あまり巧いたとえではないな、と迷っていました。
そうしたら、一昨日、友だちの家に近くの、自分とは縁もないエリアの盆踊りに顔を出して、「あ!」となりました。太鼓の音も、超シンプルな盆踊りの曲も、久しぶりだと新鮮で、とても楽しかった(酔っ払っていたのもあるけど)。ン10年ぶりでもしっくり来て心地いいのは、体に染みついているから。それと同じように、Old Town Roadのメロディーとリリックも、アメリカ人は何度聞いても気持ちいいのだと思います。
まぁ、ヨーロッパでもヒットしているし、日本人でも10回以上聞くと頭から離れなくなるタイプの曲ではあります(ご注意ください)。
それから、ナズ・Xはいちいちスマートというか、敵を作らないというか、好感度が高い青年です。カントリーチャートを締め出されたすぐに、ビリー・サイラスにツィッターで呼びかけたり、セクシャリティのカミングアウト後に出たネット上のバッシングへも「昔の自分もそういうネガティヴなタイプだった」とさらりと流したり。「ヒップホップでもカントリーでも(ゲイであるのは)あまり受けいられないと思う」と言っていたのは、チクッと胸が痛みました。彼は、こんなに明るく両方の世界をつないでいるのに。
結論。
ブラック・カウボーイに扮した20歳のひょろがりくんが、笑わせながらアメリカ人の本能をくすぐり、スカッさせるという奇跡を起こした曲が、Old Town Roadなのです。
もうしばらくヒットすると思うし、MTVアワードやグラミー賞も獲るでしょう。
これ以上のヒットを出すのは難しいにしても、リル・ナズ・Xはアメリカのエンタメ業界に残っていく気がするし、そういう世の中であってほしいです。
日本はいまさらイーハウチャレンジもないですが、一緒にサビを歌ってすっきりするのはありだと思います(私はやってます、効果あります)。
長文、最後まで読んでいただきありがとうございました。