『Heaux Tales』=『ホー・テールズ』。珍しい表記に読み方を迷い、合点がいってから2度見、3度見。ジャズミン・サリヴァン、ぶっ飛ばしてきたな。heaux、 whore、 ho、ホー。ヒップホップ・カルチャーを知っている人にはおなじみの「本人以外は言っちゃいけない単語」です。3種のつづりで書いてみたものの、私は会話で使ったことはありません。「bitch」のもっと激しいヴァージョン。性悪の意味もあるbitchとはちがい、まずはセックスにかんする言葉です。
はい、『Heaux Tales』は、『ヤリマン噺』です。
ジャズミンの5年ぶりの4作目。昨年の暮れのリリース直後から年明けにかけて大きな話題を集めました。実質8曲と6つのインタールードの32分半のEPであるにもかかわらず、まる1年経ったいま、海外メディアの2021年のベストアルバムの上位にランクイン。ピッチフォーク とワイアード、NPR、LAタイムズ、エンターテイメント・ウィークリーでは1位もしくは「アルバム・オブ・ジ・イヤー」に選ばれ、イギリスのBBCのサイトでは5位、ザ・タイムやアトランティックといった総合雑誌でそれぞれ10位と9位。第64回グラミー賞では、最優秀R&Bアルバム、「Pick Up Your Feelings」で最優秀R&Bソングと、最優秀R&Bパフォーマンスでノミネート。快哉。
この記事の主旨は、「ジャズミンの最新作、評価が高いから聴きましょうねー」ではないです。いや、主旨のひとつではあるか。それ以上に私がこれを書くモティベーション、目的は「ジャズミンの最新作、どこがすごいかが日本ではあまり伝わってない気がするからかんばろう」です。ハードルが高いため、1年間も手を出さなかったアングル。ほかのだれかが書いてくれるだろう。そう、甘ったれていました。それが。ネットでサクッと調べたらアルバムの方向性を伝えるブログはあったものの、詳しいのはない。ひょっとしたら、私が目にしていない紙媒体で論じられたかもしれないけど。
まずはジャズミン・サリヴァンについて。まだ無冠ではあるけど、グラミー賞のノミネーションの常連であり、2008年『Fearless』でデビューして以来、活動休止期間を含めてR&B愛好家からの支持率はずっと高いシンガー。2021年の再ブレイクは『Heaux Tales』で描く本音満載のやりとりが強烈であり、それを歌い切るジャズミンの歌唱力がさらに広いファン層に届いたから。R&Bは、歌が巧いのが大前提、あたりまえのジャンルです。ホーム・レコーディングのレベルが格段に上がった2010年代は伝統的な意味ではそこまで上手ではない人気者もちらほら出てきたけれど、基本的に「言葉を覚えるのとほぼ同時期に教会で歌ってました」みたいな人ばかりが競う、おそろしいカテゴリー。
すばらしい歌唱や演奏を聴くと鳥肌が立ったり、背筋にゾクッと冷たいものが走ったりしますよね。R&Bは、歌が巧すぎて畏怖を少し通り越した恐怖を感じる場合もあるんです。マイクをお腹の辺りで持ったままホールの後方までビリビリ音を響かせるアンソニー・ハミルトンとか、電話インタビューで実際すごく怖かったアンジー・ストーンとか、ジェニファー・ハドソンをアカデミー助演賞に導いた『ドリームガールズ』での「And I Am Telling You I’m Not Going」のパフォーマンスとか、ビヨンセのコーチェラ(通称ベイチェラ)「Homecoming」での歌唱とか。歌いながら魂が飛んでいるというか、神様と交信しているみたいで、呆気に取られる。コントラルトの声域をもつジャズミン・サリヴァンもこのレベルです。デビュー当時のお披露目ショーケースで5メートル前で観たのをふくめ、なんどかライヴ・パフォーマンスを観ました。その感想が毎回、「あー、びっくりした」。それくらい、上手。
取材した際、「デビュー自体は難しくない。問題は、そこからどうやって続けられるか」と言い切ったのもびっくりしました。ジャズミンは、初々しさのまったくない新人でした。理由は、ビヨンセやアリシア・キーズ同様、10代で一度レコード会社と契約して、うまく売り出してもらえなかった過去があるんですね。ファースト・アルバムからミッシー・エリオットやサラーム・レミなど大物プロデューサーが参加、「Need U Bad」はなぜかレゲエ調で、浮気相手に激しく復讐する「Bust Your Windows」はオペラ風。後者は、95年の映画『ため息つかせて(Waiting to Exhale)」のアンジェラ・バセットのシーンを思い起こすヴィデオも話題になりました。このアルバムの隠れ名曲は「Lions, Tigers & Bears」です。このストリングスを多用したトラックは、実はサラーム・レムが予算を度外視して作ったもの。
2010年のセカンド『Love Me Back』もミッシーがメアリー・J・ブライジとジャズミンをトラックでつないだ「Holding Down(Going Circle)」など、いい曲がたくさん入っています。ところが、この作品の直後にジャズミンは休止宣言をして、しばらくソングライティングなどの裏方に徹します。5年後の『Reality Show』で本格的にカムバック。より古いソウルを意識した曲が多く、リリース直後はピンと来なかった記憶があります。でも、評価は高かったし、「リアリティ番組」とのタイトルをつけたあたりに、『Heaux Tales』への布石を感じます。浮気をされた相手の高級車の窓を割って以来、恋愛の痛みをテーマにするジャズミンの姿勢は一貫しています。
そろそろ4作目の話を。R&Bファンですでに愛聴している人も多いかと思います。ここで注意点。歌詞を中心に解説したら印象がガラッと変わってしまうかも。『Heaux Tales』をすてきなR&Bとして聴いて気に入っていた人は、このブログを読むのを辞めてもらってもいいです。歌詞を知らないまま、歌唱力重視で曲を聴くのは、またちがう楽しみがあるし。私もスペイン語のサルサ、バチャータ、レゲトン、ポルトガル語のボサノヴァはまったく頭に入ってこないからこそ好きだったりします。文章を書くときに邪魔にならないのがいい。
それから、音楽でも映像作品でも甘い恋愛ものが好きな人、最近、twitterで増えてきた大学生のフォロワーさん(ありがとうございます!)も少し閲覧注意。ここから先は、荒涼とした恋愛の焼け野原が広がります。逆にいえば、それくらい対訳つきの日本盤に意味がある作品。CDを作るのがむずかしいご時世ではありますが。彼女みたいにメジャー契約をしている場合は日本のレコード会社さんが有料、もしくはプロモーションの一環でサイトで公開できるシステムがあるといいですね。メジャーでなくても、アメリカのgenius.comみたいにみんなで手を加えながら歌詞と対訳を載せるサイトが日本でもできるといいな、と思います。
この作品の特異性は、6つもあるインタールードに、女性たちの独白もしくは複数での会話を入れ、曲の心象風景と社会的な背景までも説明している構成にあります。アメリカのリアリティ番組も、さまざまな出来事を見せたあと、当人の感想や本音を挟む構成が一般的。リアリティ番組が増えすぎて、ドラマを凌駕する現象を逆手にとって「モキュメンタリー(Mock-偽物の-documentary)」と呼ばれるドラマが00年代から増えました。偽物のドキュメンタリーやリアリティTVの要素をドラマに入れ込む手法です。
シットコムの「モダン・ファミリー」が有名かな。誰が撮影しているか不明のカメラに向かって、キャラクターたちがこっそり本音を話すシーンが挟まれる、あれです。今年、韓国ドラマ「プロデューサー」を観たら、このモキュメンタリーを採用していました。テレビ局を舞台にした2015年の作品。手法が斬新すぎて、人気俳優のキム・スヒョンとシンガーでもあるIUが出演しているわりには韓国では視聴率は振るわなかったようですが、私はアメリカのドラマのトレンドをすぐに取り入れてすごいな、と思いました。U-Nextにあるので気になった方はどうぞ。
話が逸れました。『Heaux Tales』はモキュメンタリーのアルバム版ともいえる、と書きたかった。では、全曲解説を。
1.Bodies (Intro)
相性がいいKey Waneが作った2分強のイントロ。引きずるようなメロウなシンセのトラックに、スポークン・ワードのようにジャズミンが言葉を吐き出すけだるい曲かと思いきや。
Gotta stop getting f*cked up
What did I have in my cup?
I don’t know where I woke up
I keep on pressing my luck
I don’t know where I woke up
無茶苦茶をやるの、やめないと
あのコップで何を飲んだんだっけ?
どこで目を覚ましたかわからない
自分の運の良さをずっと試しているかんじ
どこで目を覚ましたか覚えてないんだもの
Bitch, get it together bitch
You don’t know who you went home with
(You went) home with again
Was he a friend?
Or a friend of a friend? (Was he a?)
Was he a four, or was he a ten? (I know)
And my momma wouldn’t like it if she knew about (all my)
All my rendezvous and all my whereabouts (I keep on)
I keep on piling on bodies, on bodies, on bodies
Yeah you getting sloppy, girl
このバカ女 しっかりしろって このバカ
誰と帰ったか覚えてないんでしょ
(誰と)帰ったかまた覚えてない
友だちだっけ?
友だちの友だちだったけ?(あれ?)
(ベッドでは)彼は40点だったけ? それとも100点?(わかってるって)
何をやらかしたかママにバレたらまずいね(全部)
私のランデヴーのすべて 私の素行全部(だって)
あちこちで寝まくってるんだもの
寝た男たちの体を片っ端から積み上げてるかんじ
まじで やばいって あんた
うん、ひどいです。ようするに派手に遊び回ってお酒に何か混ぜて(リーンかな)ぶっ飛び、よく覚えていない状態でやらかした女性が翌朝、反省して自分の頭を叩いている状況。彼女は一歩まちがえたらかなり危ないことも、母親にバレたらまずいのもよくわかっている。そういう意味では、遊び方以外はふつうの人。その点がこの作品の特徴、かつ長所でしょう。カーディ・Bとミーガン・ザ・スタリオンの「WAP」や、このふたりの激しいソロ曲も楽しいですが、「自分にすごく自信がある特別な女性」の話として拝聴しています。ヴィデオに出てくる女性たちも「私たち、モテてます」オーラ全開で、こちらも生命力が余っているときでないと聴けないし、観られない。空腹時とか、むり。一方、ジャズミンの曲に出てくるほとんどの女性は、その対極にいる等身大の人たち。そこが、このアルバムにリアリティと説得力を持たせています。
2.Antoinette’s Tale
ひとつめのインタールードは、アントワネットさんの独白。「パンがないならお菓子を食べれば」と言ったとか言わなかったとかの、あの夢みがちなフランス史のアントワネットさんとはちがい、こちらは物事の本質をズバズバ言ってのける。曰く、「女性が自分と同じような自由、とくに性の自由を求めるのを受け入れられない男性は多い」、「自分の達成感に囚われて、女性自身も性欲をもつ存在であるのを忘れている」と続いたあと、「でも、私たちも悪いんだよね。私のアソコはあなたのものよ、みたいなことを相手に言っちゃうから(We’re out here telling them, that the pussy is theirs)。実際は私たちのもの以外の何物でもないのに」。真理。
3.Pick Up Your Feelings
ジャズミンの新たな代表曲になった大ヒット曲。これ、グラミー賞のR&Bの最優秀ソングとパフォーマンスのカテゴリーは制するんじゃないかな。なかよしで強敵のH.E.R.もどちらのカテゴリーにもいるけれど、広く聴かれたのはこちらだし。歌詞の解説をしなくても、オフィシャル・ヴィデオでだいたいの雰囲気は伝わるので、とりあえず貼りますね。
ひねりの効いた失恋ソングです。浮気、もしくは二股をかけられていた女性が仕返しをして、三行半を突きつけている状況。相手は未練か意地があるようで「態度が変わった」と言いがかりをつけています。
Boy please, I don’t need it (I don’t need it)
Memories, all that shit, you can keep it (oh, oh)
Don’t forget to come and pick up your, ooh-ooh, feelings
Don’t leave no pieces
お願い、そういうのもういいから(要らないし)
思い出とかそういうの全部 そっちで取っておいて(オーオー)
忘れずに立ち寄って自分の気持ちにケリをつけて
欠片も残さずにね
女性のほうは携帯も車も新調して気分もさっぱり。それでも、一応相手に顔を出してケリをつけろ、と言っているのはつき合いが長かったからか、「メモリーズ」に私物が含まれるからか。タイトルの直訳は「忘れずに自分の感情を拾い集めて行ってね」。気持ちにケリをつけて、もう絡んでくれるな、ってこと。ジャズミンの歌い方がヘヴィで、「オー オー」が悲しんでいるようにも響くので、のこのこ私物を取りに行ったら殴られるかもしれませんね。
4.Ari’s Tale
次のモノローグで、アリ・レノックスが登場します。J.コールのドリームヴィルと契約している、エリカ・バドゥ似の歌声をもつシンガー。ワシントンDCの人ですが、フィラデルフィア出身のジャズミンよりもネオソウルの影響が色濃い。で、彼女のこのモノローグは次の曲にかかっています。体の相性がいいけれど、ろくでもない男性と切れないジレンマ。「このバカ、グーグルになんてあったかわかってないの?」というラインがおもしろいです。どんな単語で検索したんでしょう?
5.Put It Down
続いて、トラップを取り入れたアップテンポの曲で「彼の体の虜なのー」と明るく歌っています。歌詞の細かい訳は自主規制しますが、歌い出しが「彼はまだお母さんと住んでいるけど、王様のように扱っているの」。取りえがひとつしかない相手でも、呼ばれたらすぐ駆けつけて、なかなかのダメ女っぷりを発揮。でも、体の相性がいい関係の場合、男女を入れ替えて男性目線で語ったら単に「ラッキーな経験」になる。実際、ヒップホップにはその手の曲が溢れている。女性が同じことを言ってどこが悪いの? というメッセージもうっすら感じるけれど、それを深刻ぶらないで歌うジャズミン、強いです。
5.On It
アリさんを招いたすてきなバラッドに響くこの曲も、とってもエッチです。もうほとんど、最中の曲。「Be the Nia to the hood Larenz Tate」は「フッド版ロレンツ・テイトを相手にするニア(・ロング)になるの」は、1997年の映画『Love Jones(恋愛中毒)』のこと。R&Bでもヒップホップでもほんっとよく出てくる作品です。べつに大きな事件とか起きないふつうの恋愛映画なんだけど、当時のブラック・ムーヴィーではそれが珍しかった。
6.Donna’s Tale
ドンナさんの話、というタイトルだけれど、これは彼女を中心にした女友だち同士の会話。
What women think
And now I’m gonna say this through my experiences, right?
Women think, “Oh no, I don’t trick, I don’t ho, I don’t do none of that shit”
Bitch, every time you sleep with, even if you married
You have tricked in your f*ckin’ marriage
女性が考えているかって
これ、経験上の話だから、いい?
だいたい女性って「オーノー、私は駆け引きなんてしてない セックスを使ったりもしない そんなのしたこともない」って言うでしょ
このバカ女、誰かと寝るたび、たとえ結婚してたとしても それは結婚生活で駆け引きしているんだって
以下、ぶっちゃけモードが続きます。まぁ、そういう見方もあるよね、くらいの取り方でいいとは思います。ここで大事なのは、「自分は性を駆け引きに使ったり、ましてや値段をつけるなんてとんでもない」と言い切る「私は清楚です」系の女性の欺瞞を指摘している点。「多かれ少なかれ、誰しもがもっている狡さ」が、この作品の隠れテーマなんですね。痛烈。
7.Price Tags
ドンナさんたちの会話を踏まえて「値札」というタイトルの曲に流れ込むのが、『Heaux Tales』が秀逸であり、怖いところ。ふたりめのゲストが、シルク・ソニックでも大活躍したアンダーソン.パーク。ジャズミンが「Hunneds, hunneds in my hand(100ドルの札束、札束を手にしているの)」とマンブル(もごもご)気味でラップするのは、「Hunned」を「honest(正直)」にむりやり引っ掛けているからでしょう。テーマは引き続き「性と金」。これ、90年代にもTLC「No Scrubs」、ビヨンセがいたデスティニーズ・チャイルドの「Bills, Bills, Bills」で歌われていたので、目新しいテーマではないんです。ただ、ガールズ・グループのTLCやデスチャはデート相手の選定が厳しいくらいで済んでいたのが、34歳のジャズミンはセックスと結婚に直結させている。
アンディさんの反論パートもエグくてのけぞります。まず、「仕事を1週間ほど休むってそもそも仕事なんてしてないじゃん」「元カレはみんなバスケットボール選手」と交際している彼女をバカにしながら、どうも別れる様子はない。ついに赤ちゃんが生まれるのですが、その赤ちゃんが「パルプ・フィクションのサミュエル・L・ジャクソン並みに黒い、俺はライトスキンなのに」と文句を言っている。シルク・ソニックでもそうでしたが、そういう派手な女性が好きなんだから、リスクも覚悟すればいいのに。まぁ、アンディさんもある種の男性像を演じているだけですが。作詞にもかかわっているプロデューサーはJairus Mozee。ギタリストでもあるベテランらしく、むだがなくて飽きない。中毒性の高い曲ですね。
8.Rashida’s Tale
ラシーダさんの話は、ほとんど懺悔です。理想の彼女ができて同性婚までこぎつけたのに、なぜか飲んだ勢いで彼女の親友と浮気をしてしまう。それで、最愛の彼女を失って後悔しかない気持ちを吐露するインタールードです。「なんで浮気したかわからない」と言いつつ、「それまで自分は浮気される側だった」とも言っていて、傷ついた過去をちがう相手にやり返してしまう深い心理を語っていることに気づきます。やり返す相手をまちがえるの、恋愛では致命的ですね。
9.Lost One
ファースト・シングル。『Heaux Tales』は「教訓的(didactic)」であるのが『ミス・エデュケーション・オブ・ローリン・ヒル』に似ている、とウィキペディアにありますが、どちらにも「Lost One」という曲があるから想起したのかな、と思いました。ただね、ジャズミンが「教訓的」な作品を狙ったのかは疑問です。そういう上から目線、批判精神がないのが私は新しいと感じました。って、筆者不明のウィキに言い返してもしかたないですが。
業界内人気の高いジャズミンは、フランク・オーシャンともなかよし。ヴィジュアル・アルバム『Endless』でもクレジットなしで参加しているし、「Solo」でも歌っています。で、これはジャズミンがフランク風味で仕上げてきた曲。浮気してフラれた痛みを切々と歌っています。ローリンの「Lost One」は敗者や血迷った人を指していましたが、ジャズミンはそのまんま「失ってしまった相手」です。「わがままなのはわかっているけど、ほかの人を愛さないで」と言いつつ、自分は愛のない情事を重ねている。終わっている感が強烈ですが、人間ってそんなものだよなぁ、とも思います。
10.Precious’ Tale
浮気の次はまたお金の話。解説しているうちに、この作品が30分強なのは理由がある気がしてきました。だって、キツい。苦労して育ったプレシャスさんは、お金を稼げない男性には魅力を感じない、と言い切っています。ただし、この作品で発言している女性たちは全員、働いています。自分の面倒はみている、そのうえで言いたいことがある、というスタンス。
11.The Other Side
自分で重ねたコーラスが気持ちいい、なんだか愛らしいトラックです。それを軽やかに歌いこなすジャズミンさん。ただし、歌詞は徹頭徹尾、かわいくない。
I’ma move to Atlanta
I’ma find me a rapper
He gon’ buy me booty
Maybe star in a movie
I’ma keep up my fitness
I’ma start me a business
And I’ll never be broke again, struggling
God is my witness
Can’t wait to be rich, want a better life
Diamonds, cars, and trips, all money can buy
(I just wanna) I just wanna live on the other side
(I just wanna) I just wanna live on the other side
アトランタに引っ越すの
そこでラッパーとつき合って
彼のお金で豊尻手術を受ける
映画スターでもいいな
スタイル維持には手を抜かない
それでビジネスを始めて
2度と貧乏にはならない 苦労とかしないんだ
神様に誓って
リッチになるのが待ちきれない もっといい暮らしをするんだ
ダイアモンドに車 旅行 お金で買えるものすべて
(ただただ)私はあちら側の生活がしたいだけ
(ただただ)私はあちら側の生活がしたいだけ
最初に歌詞に耳を傾けたとき、私は手で口を覆った記憶があります。それくらい、驚いた。こんなに正直な、あけすけな、救いがないリリックは聴いたことないです。仲間の女性たちと集うくだりで、「バービー(人形)みたいに見える」とも言っているし、これはジャズミン本人とはまったくちがう類の女性です。でも、彼女はこの曲の女性やインタールードのプレシャスさんみたいな女性を見下してはいない。インタビューでは「私も“だれか面倒を見てくれないかなー”と思うことはある」と説明していました。これだけ格差が大きくなると、世界の富の4割をもっているらしい1%の人の周りに行っておこぼれでなんとか生きていこう、と思う人が多くなるのは自然だと私も思います。男女問わず。
ただ、それを口に出せるか、表現できるかは別の問題。この曲では、自分の稼ぎだけでは家賃も追いつかない現実が出てきます。きちんと仕事をして外見にも恵まれているのに、あれ、おかしいな。SNSに出てくる遊びが仕事にもなっているような人たちとの差はなんだろう? ないよね? だったら引っ越して「あちら側(the other side)」に行くのみ! という清々しくも痛々しい発想。その女性像になり切って少し鼻にかかった歌声で伝えるジャズミン、見事です。ひとつ、留意したいのがこの曲にかぎっては風刺の面が強いこと。さすがにここまでわかりやすく拗れた価値観の人はいない。だれしもがもっている「願わくば楽をしたいし、そのうえでほかの人に羨ましがられたい」との思いを、このキャラクターの女性に落とし込んでいるわけです。
13.Amanda’s Tale
これは全部訳しましょうか。
It’s a little hurtful that I can’t just be confident and
In being with one person
That I gotta look over my shoulder
Looking at these girls on Instagram and
It’s hard sometimes because I don’t have all that that they have
And the sex has become my superpower
It’s like sex is where I, I’m finding my worth
You know it’s, that’s the one thing that I know
I can make you keep coming back to me
But at the end of the day
Even if you don’t really want me, I know you gon’ want that
In one way it’s empowering, in another it’s, it’s sad
I feel moments of sadness knowing that, you know
Just me alone and who I am is not enough
少し心が痛いんだよね 自信がもてずに
ひとりと真剣に交際できないのは
それで不安に駆られる
インスタに出てくる女の子たちを眺めてしまう
キツい時もあるよ 彼女たちがもっているものが私にはないから
それでセックスが特殊能力になるわけ
そこに自分の価値を見出せるんだよね
だって それだけが彼をつなぎ止められる理由なんだから
だって結局は
ほんとうは私自身に会いたくなくても ヤリたいんだから
ある意味力をもらえるけれど 見方を変えると悲しいよね
気づいて悲しくなる瞬間があるの だってさ
私自身 私という人間であるだけでは十分じゃないんだから
終盤、登場する女性たちの自暴自棄で刹那的な生き方の理由が明らかになってきます。そこが、このアルバムの本当の意味での「聴かせどころ」なのです。
14. Girl Like Me
最後の曲は、H.E.R.との「私みたいな女の子は」。ギターの音を基調にした、しっとりしたトラックを作ったのはボンゴ・バイ・ザ・ウェイという楽しい名前のプロデューサー。ナイジェリア系の人です。この「ナイジェリア系の」という枕詞、最近よく書いているし、来年はもっと深掘りする話でしょう。で、ジャズミンとH.E.R.が切なく歌い上げているのは、フラれたあとにオンライン・デートに向かう厳しい現実です。
You must’ve wanted somethin’ different
Still don’t know what I was missin’
What you asked I would’ve given
It ain’t right how these hoes be winnin’
Why they be winnin’? Yeah (why they be? Why they be?)
No hope for a girl like me, how come they be winnin’? Yeah
(Why they be? Why they be?)
And I ain’t wanna be
But you gon’ make a hoe out of me
ほかの何かがほしかったみたいね
いまだに何を見落としたかわからないんだ
言ってくれれば差し出したのに
こんなのおかしいでしょ あんな遊び人(hoe)たちが勝つなんて
なんで彼女たちのほうがいいの? ほんとに(なんで彼女たちが? 彼女たちなの?)
私みたいな女には勝ち目がないよ なんで彼女たちのほうがいいの?
(なんで彼女たちが? 彼女たちなの?)
ほんとうは不本意なんだけど
あんたのせいで私もあばずれになっていく
‥‥痛い。登場する女性たちの存在が「痛い」と言っているのではなくて、痛みが伝わってきて「痛い」。デート・アプリが出てくるあたり、ふたりがここまで歌いこむほど悲惨ではない気がするけれど、行動が(お尻が)軽やかでも心はずしんと重いシチュエーションはたしかにある。
全曲解説は以上です。BETアワードでも受賞しているし、黒人社会に深く根づいた作品であるのはまちがいないです。でも、この曲に出てくる女性たちの不安、焦燥、絶望は人種も性別も関係ない、現代的な問題です。だから、支持されるしここまでヒットしました。ジャズミンのステージ、観たいですねー。