NAHKIさんと、山口ナキーム君のこと。

日本のレゲエのパイオニア、ナーキさんの長男、ナキーム君が亡くなりました。

オフィシャル・サイトnahki.comのゲストブック欄での、ナーキさん本人の書き込みです(サイトは、モバイルに対応していないので、ご注意下さい)。

「息子のNakiim(享年21歳)が、統合失調症による一ヶ月の入院から退院後二日目の朝に当たる7月24日の朝に私たちの住むアパートで首を吊り亡くなりました。同じような病に苦しむ皆さん、生きて下さい!
彼のために書いた曲、Shine、Doing Alright、Love Child、ボクの勝ち、Future Kidsを繰り返し聴いています。」

ナーキさんは、80年代後半からマイクを握り、90年代にの日本人レゲエ・アーティストとして、たくさんの扉を開けました。英語とパトワが堪能で、ジャマイカのステージに立ち、ソニーからメジャー・デビューを果たし、全員ジャマイカ人の、ジェリー・ハリス&リディム・フォースをバックバンドに従えて全国ツアーを行い、鹿島アントラーズのチームソングや、JALのCMソングもラガ・マナーのまま、歌いました。

日本も音楽業界も元気な時代だったから、その活躍ぶりを最近のレゲエ・アーティストと比べるのは、難しいです。ただ、ひとつ強調したいのは、ナーキさんやランキンさん世代の絶対的に凄いところは、

「え? 日本人がレゲエやるの? 変なの」

と言われてしまう時代、曲の出来より違和感が先に話題になる状況で、堂々と前を向いてレゲエをやっていたことです。

ナーキさんはニュージャージーとジャマイカを拠点にしていたため、日本でしょっちゅう見たり、会えたりできるアーティストではなく、コンサートも特別感がありました。そのせいで下の世代のファンに名前が広がりづらかったマイナスもあったかも知れません。今回の件も、ジャマイカのレゲエ関係者が先に知っていて、私もジャマイカから連絡が来ました。

海外を拠点にしたのは、音楽面のプラスもあったかと思いますが、名古屋からニュージャージーに戻って来るのを決めたのは、ひとり息子のナキームのためも大きかったと思います。

ナキームは、ジャマイカでモデルをしていたキム(シャギーの“Boombastic”のヴィデオにメーンで出て来る美人です)との間に出来た子供で、ジャマイカ生まれです。小さいうちにナーキさんとふたりで日本に帰ることになり、ナーキさんはずっと男手ひとつで育てていました。

00年代は、自分のアルバム作りと平行してMegaryuなどのプロデュース活動も盛んにしていました。「10ヶ月で1年分の仕事をする」という約束を取り付け、日系の大手不動産会社で10ヶ月間働き、夏の2ヶ月を日本での活動に当てていました。たまたま、私の仲良しに、ナーキさんと同じオフィスで働いていた人がいるのですが、本当に約束通りに10ヶ月がっちり働いて、子育てもしていた、と言っていました。

ナキームは、小学校3年生でアメリカに来ました。土曜日の補習校で、私は5年生時の担任でした。これは偶然ではなく、その学校を始めた教頭先生が、ジャパンスプラッシュのプロデューサー、ソニー落合さんの古い友人だったため、先生と生徒に、何人かレゲエ関係者がいたのです。

ナキームはやんちゃだけれど、心根の真っすぐな子供でした。お父さんに似て、独特の存在感がある、カッコいい男の子でした。彼とは、強烈に覚えている思い出があります。一度、優等生のA君が、ナキームの肌の色のことで、冗談を言ったのです。絶対、言ってはいけない言葉でした。クラスメートは口々に「やめなよ!」と怒り、私も先生をやっていた8年間で一番くらい、激しく叱り飛ばしました。A君は、本当はナキームが好きで一緒によく遊んでいたこと、勉強でストレスを溜めていて、時々爆発してしまうこともよーく分かっていたけれど、自分も差別される側に回ることが多々あるアメリカにおいて、どんな状況でも、ほかの人を差別してはいけないことを伝えるのは、先生の、いや、大人の役割です。

A君は、みんなに責められて、逆ギレしました。言ってはいけないことを口にしたと、自分でも分かっていたのだと思います。泣きながら机の上のものを床に投げ出し、鞄の中のものを投げ出し、教壇にあった漢字のお手本カードも空に舞って、床に散乱しました。

カオスです。

その次に起きたこと。なんと、当のナキームが慌てて、ひとりでA君のものを拾い出したのです。彼は全然怒っていなくて、暴れているA君を気にかけていました。

「いま、完全に私が悪者になってるよね、これ」

と思いました。ナキームの様子にみんな拍子抜けして、なんとなくそのまま収束しました。

「僕のことで、みんなが大声を出したり、泣いたりするのは嫌だ」

と言っていました。その優しさに感心すると同時に、「こんなに優しかったら、生きていくのが大変なんじゃないか」とちょっと心配になったのを、よく覚えています。

リズム感も運動神経も抜群で、遊び半分でラップしたら完ぺきだし、修学旅行のキャンプでアスレチックがあったらクラスメートの3倍速で終わっちゃうし、ジャマイカの血が時々、見え隠れしました。そうそう、男子は基本、授業中以外は女子を呼び捨てにしている中、ナキームだけ全員を「○○ちゃん」と下の名前をちゃん付けしていました。それを、ほかの男の子がからかったときは、「だって、女の子はそう呼ばれた方がうれしいよねぇ?」とサラッと言っていました。あれは、全面的にナーキさんの血です。

小学校を卒業したあとも、落合家やハリス家でたまに会っていました。3年前、高校卒業を目前にしたタイミングで会ったときは、陸上で大学の推薦をもらえそうだったけれど、怪我をして難しくなった、と言っていました。
でも、特別変わったところはなかった。進路が定まらない中、日本へのラグビー留学の話が出て、しばらく行っていたそうです。ところが、長年やってきたチームメイトたちが、始めてから日が浅いのに異常に上手いナキームを妬んで、うまく行かなかったらしいのです。

統合失調症は、若い人だと進行が早い病気です。ナキームも行方不明になるなど、心のバランスを崩している様子がわかってから、入院が必要になるまであっという間だったそうです。薬で治る病気でもありますが、治癒までの第一段階、自分の心が病気になったことを認めて、きちんと薬を飲む、というところをなかなか突破できない人が多い。ナキームも、そこで負けて、自死しました。

 

ナーキさんとナキームは、兄弟みたいな、双子みたいな父子でした。「ダダイ(ナーキさんのこと)が作ったお弁当が一番美味しい」が、ナキームの口癖でした。お葬式で、ナーキさんは気丈に振る舞っていて、「一緒にいた20年間があるから生きていける」と言っていました。心中を察すると、こちらも本当に辛いです。

私がナーキさんを尊敬している点は、日本のレゲエに大きく貢献したことはもちろん、人生の先輩として、とても謙虚な姿勢の持ち主だということ。一度、眩しいスポットライトを浴びると、なかなか切り替えができなくて、昔話を好む人もいるけれど、ナーキさんは絶対そういうことをしないし、威張らない。

シュガー・マイノットが亡くなったとき、ユース・プロモーションにいたナーキさんと一緒に、じゅんちゃん、ユミさんに連れられてお葬式や追悼ダンスに行きました。90年代を知るジャマイカのアーティストは、ナーキさんに会うとみんな、すごく喜びます。マイティ・ダイアモンズのメンバーが、暗い中、本人かどうか確認するためにわざわざ近寄ってきたことも。その時も、「ジャパスプの一番いい時間帯に歌わせてもらっていたじゃない? だから、俺をすごいスターだと思っているんだよね」と、自慢するわけでも、卑下するわけでもなく、淡々と言っていました。

ナーキさんの実力が分かる、2009年のアルバム『Ina Rub-A-Dub Stylee』のサンプラーを貼っておきますね。

ナーキさんのファンで、励ましの声をかけたい、と思われた方がいたら、オフィシャル・サイトのゲストブックを利用して下さい。ナーキさんは、Facebookはやっていません。お葬式の親友のスピーチで初めて知ったのですが、ナキームはSNSをとても嫌っていて、「直接、本人に語りかけるのが一番いいに決まっているじゃない」といつも言っていたそうです。正論です。そういう真っすぐ過ぎる性格も、生きづらくなる原因だったかも知れません。

直接の知り合いの方で(会ったことがある、くらいでもいいと思います)、メルアドは知らないけれど、メールを書きたい方は、私にご一報下さい。いまは、どんなに短い言葉でも励みになると思います。

長文になりました。最後まで読んで下さって、ありがとうございます。

“NAHKIさんと、山口ナキーム君のこと。” への19件の返信

  1. SECRET: 0
    PASS:
    はじめまして。
    ナーキさんにぜひ、メッセージを送りたいです。
    ネット環境が整っておらず、オフィシャルサイトより、メッセージする事ができませんでした。
    90年代、私の通っていた大学にナーキさんはライヴをしに来てくれました。その際に優しいお人柄に触れ、ぜひ、ナーキさんにメッセージしたいと
    思っています。

  2. SECRET: 0
    PASS:
    はじめまして…みみと申します‼ナーキの事を知りびっくりしています。個人的に知っていたのでどうにか連絡さ又はメールせて頂きたいと思うので宜しくお願い致します‼mimi-natuki-jah-guide@docomo.ne.jp 090 7736 6274
    清水美智子です。ナーキに言って頂ければ知っていると思います‼
    63864

  3. SECRET: 0
    PASS:
    ナキームと一緒に奄美大島に行った事あります。
    ナーキさんに何度も自分主催のイベントで歌ってもらいました。
    一緒に食事会したり遊びに行ったりしました。
    まだナキームが4.5歳の頃でした。
    悲しい現実です。
    でも知らないより、このブログで知れた事が良かったです。
    ナーキさんにメール送りたいです。
    教えてください。
    よろしくお願いします!
    10@mondays.jp

  4. SECRET: 0
    PASS:
    こんにちは。DOZAN11と申します。2002年まで三木道三という名義で活動していましたが昨年12年ぶりに現在の名義で活動を再開しました。
    自分のツイキャス視聴者の方からこちらのリンクを送っていただきこの悲報に触れました。
    昨日、Ackee&Saltfish主催のイベントで数年ぶりにChinamanと再開して、ステージでもコメントしたのですが、92年前後にキングストンの空港で「私、チャイナマン、ナーキのプロデューサー。」と声をかけられたのが私のジャパニーズレゲエとの最初の接点でした。確かその前にナーキさんのジャパスプのステージも拝見していたし、ファーストLPアルバムから数枚聴いて、大いに勉強させてもらっていました。(最初はジャマイカ人だと思っていました。)
    チャイナマンやリトルハラダの家にステイさせてもらってパトワも学んだし、その基礎はナーキさんの歌詞カードでもありました。
    そう思うと、ナーキさんの足跡の偉大さと、自分の歩みもそれあってのモノだと思い出されます。
    息子さんも確か一度お目にしたことがあり、驚きと共に胸の潰れる思いです。
    活動の初期にナーキさんの影響を大いに受けた私にも、影響を受けましたと沢山の若いアーチストが言ってくれます。
    決して癒されることのない哀しみの中にいらっしゃるかもしれませんが、ご子息とその思い出だけでなく、その音楽活動の軌跡にもご自分の遺伝子を遺しているんだということをお伝えいただきたくてここにコメントさせていただきます。
    ナーキさんへの大きな敬意と哀悼の気持ちを表しつつ、ナキーム君の冥福を心からお祈りします。
    以上。失礼致します。
    DOZAN

  5. SECRET: 0
    PASS:
    >DOZAN11さん
    ご活躍の様子、存じております。
    真摯なコメント、どうもありがとうございます。ナーキさんに転送しますね。

  6. SECRET: 0
    PASS:
    >イマノタカノブさん
    ご連絡ありがとうございました。
    メールさせて頂きますね。

  7. SECRET: 0
    PASS:
    >みみさん
    ご連絡ありがとうございました。
    メールさせて頂きますね。

  8. SECRET: 0
    PASS:
    >佐藤百合さん
    ご連絡ありがとうございました。
    私のブログのメッセージ欄にメルアドを送っていただいでいいでしょうか?
    よろしくお願いします。

  9. SECRET: 0
    PASS:
    そんなに英語が話せなかった15才の息子と
    NJに…
    ハイスクールに入学して以来日本に帰るまで
    ナキーム君にとてもお世話になりました。
    お父さまにお礼を言いたくて、ずっとサイトで探していました。よろしくお願いします。

  10. SECRET: 0
    PASS:
    はじめまして。在米のゆきと申します。主人がジャマイカ人なのですが、彼のことを知っているそうで、今回の悲報に大変驚いています。どうぞお悔やみを伝えください。

  11. SECRET: 0
    PASS:
    友人のFacebookのリンクシェアで今回のナキームさんの訃報を知りました。
    心よりナキームさんのご冥福をお祈りいたします。
    ご愛息を失ったナーキさんのご心痛、いかばかりかと察するに余りあります。
    ナーキさんとはかれこれ20年以上も昔になりますが、僕がレゲエマガジン加藤学編集長にお世話になりライターをしていた頃に遡ります。
    タキオンに出入りさせていただいていた関係で、レゲエマガジンにナーキさんのアルバムの紹介を書かせていただいたり、池城さんの文にもあるように、ジェリー・ハリスのバンドとシェリー・サンダーとのツアーでのライブをその時属していた会社のパーティーにそのままブッキングさせていただいたりしました。
    あのライブはまさに日本のレゲエの黎明期における白眉といえる素晴らしいものでした。
    池城さんにもその頃お会いしたことがございます。
    その節はお世話になりました。
    ナーキさんのこれまでの活動は、今も日本におけるレゲエのパイオニアとして色褪せることはありません。
    ジャパニーズダンスホールの百花繚乱のブームの後でも、あの歯切れの良い、豊かな表現力のパトワをまた聴きたいなとずっと思っておりました。
    ナキームさんとの生活のエピソードを読ませていただき、哀切の思いが溢れて参ります。
    ナーキさんは本当に真摯にナキームさんとの生活に向き合い、愛情を注がれてきたのだと思います。
    僕も一児の父として、尊敬いたします。
    深い悲しみが癒えることは無いかもしれませんが、一日でも早くナーキさんに心静かな時が訪れますように。
    遠く熊本の地からナーキさんへの思いを書かせていただきました。
    福井浩

  12. SECRET: 0
    PASS:
    現在、在米ですが、80から90年台にかけて、関西でレゲエ音楽活動をしていました。レゲエサンスプラッシュにも数度出演させていただいたこともあり、NAHKIさんの音楽を実体験した世代です。同じく海外で一人で子育てをするものとして、NAHKIさんの胸中をお察しいたします。NAHKIさんのメールアドレスを教えていただけると幸いです。mayumihaskell@gmail.com

  13. SECRET: 0
    PASS:
    >福井浩さん
    メッセージありがとうございました。ナーキさんに転送させて頂きますね。

  14. SECRET: 0
    PASS:
    >あゆさん
    お手数ですが、私のブログのメッセージの方に、メルアドを送っていただけますか? そちらにナーキさんのメールをお知らせします。

  15. SECRET: 0
    PASS:
    ご冥福をお祈り致します。
    統合失調症は友人にもいますが、「心の病気」というよりは、脳という臓器の不調によって起こる病気だと思います。風邪を引いたり、お腹を壊すのと同じように、たまたま脳という臓器が不調だった、という考え方をしています。「心の病気」という表現の裏には、そういうつもりでお書きになったのではないかと思いますが、「心に問題があった」というニュアンスに聞き取れ、強い違和感を感じます。。。人によっては差別的表現と捉えます。
    自分がこの病気にかかったときに、周囲がそんな認識だったら、それころ心がどんなに痛むか。
    友人も統合失調症と闘っています。そういった表現は、もう使わないで頂きたいです。

  16. SECRET: 0
    PASS:
    >通りすがりさん
    コメントありがとうございました。
    「脳という臓器が不調」、その通り、同感です。
    その上で、「心とは何か? どこにあるのか?」という点で、そちらさまと意見が違います。心=頭=脳だと思っています。心の病気と書いた方が、柔らかいと思うし、自分が病んだ場合を考えても、意見は変わりません。
    それから、統合失調症の人が周りにいて、辛いのはあなただけではないです。

  17. SECRET: 0
    PASS:
    丁度1年ほど前のことなのですね。
    今頃知って驚いています。
    私は福岡でラジオ関係の仕事をしています。
    長崎でジャパスプが開催されていたころ、スタッフとしてお手伝いさせて頂いてましたので、その頃Nahkiさんを知りました。
    また、地元のラジオ番組などにもNahkiさんにご出演頂いたこともあり、全力で頑張っている凄い日本人だな、と感動したことが幾度もありました。
    私自身、ナキームさんと同級の長男がおり、次男は高3で、5年前に難病を発症し、今、自分自身が病気であることを受け入れるために体だけでなく心も戦っているところです。とても他人事とは思えません。
    明日、私の担当するラジオ番組でNahkiさんの曲をかけます。事情は公には語りませんが、心の中で、ナキームさんの魂の安らぎを祈り、Nahkiさんの心に寄り添いながら楽曲をお届け致します。

  18. SECRET: 0
    PASS:
    >Tomomiさん
    ご連絡ありがとうございました。長崎のジャパスプはすごかったですよね。3年前にウェイン・ワンダーを福岡に連れて行った時、当時を覚えている方がいらっしゃいました。次男さんのこと、なんと言葉をかけたらいいのかわかりませんが、心が少しでも元気になりますように、願っておりまう。ナーキさんに、tomomiさんからこのような連絡を頂いた旨、転送します。暑い夏、どうぞご自愛ください。

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