コロナ禍の『ニューヨーク・フーディー』

850万弱の人口を抱えるニューヨーク市で、2021年1月31日現在の新型コロナウィルス罹患者は約59.7万人、もう少しで60万人に届きます。単純計算で15人にひとりの割合。あまりに高いので、計算をまちがえたかとやり直しましたが、合っていました。

実際に罹った友人、知人に思いを巡らせました。うん。あながち大げさではないかも。彼の地はロックダウンをくり返し、友だちの子どももずっとオンラインで授業を受けているそう。市内に1万店あるといわれる飲食店への打撃は大きく、「半分くらいクローズするのでは」という話も耳にしました。

ピザ屋で出会ったマイケル。

私は、『ニューヨーク・フーディー マンハッタン・ブルックリン・レストラン・ガイド』を2016年に上梓し、コロナ禍が広がる直前のタイミングでセカンド・エディション(重版)を出しました。ふつう、重版するときは、そのまま刷り増しします。ですが、取材から3年が経ち、最初の版に掲載したうち8店舗がなくなっていたので、出版社さんにわがままを言って一部版を作り直してもらい、重版分のギャラを全部旅費に当て、2019年10月に新しく取材しました。昔から、なくなったお店をそのままにして増刷しているガイドブックを目にしては、不誠実だなー、と思っていたので。いま思えば、10日間弱とはいえ、2019年のニューヨークの空気を、しっかり吸っておいてよかったです。

少し前から、その『ニューヨーク・フーディー』が、そのセカンド・エディションがKindle Unlimitedで読めるようになりました。Kindle Unlimitedをサブスクしている方に、ぜひ読んでみてね、とお知らせするついでに、掲載したお店の現状をネットで調べてみました。

これ、半年くらい前からずっとやらなきゃ、と思いつつ、なんだか怖くて二の足を踏んでいた案件。SNS とZoomでやり取りしている人たちは、逞しく乗り切っている様子ですが、観光業と飲食業はたいへんそう、との声は届いていました。

結論からいうと、紹介した129店中、完全にクローズしたお店は6店舗のみ、休業中が7店舗、それ以外の100店舗以上ががなにかしらの形で営業中でした(調べきれなかったお店は3軒)。これをどう取るか、個人差があるでしょうが、2万7千人弱の方がお亡くなりになっている状況を考えると、私は少ないと感じました。まぁ、よく考えたら、店選びに時間をかけ、超人気店やニューヨークのランドマークともいえる老舗を中心に掲載しているので、全体の状況よりはずっとましな結果になるのは当然なのですが。2019年の時点では、2015年の取材時から3年で店舗数を増やしているお店もけっこうあったので、きびしい状況であるのはまちがいないです。

ただ、調べているうちに、すっごいがんばってるなぁ、と元気をもらえたんですね。なので、「こんなふうにがんばっているよ」と、ヒントになるようなブログを書こうと思います。

ウニのまぜ麺。ラーメンだけど、日本食からはかなり離れています。でも、美味しい。

調べた方法は、まず、お店のウェブサイトを見て、休業や、業務縮小のお知らせがないかをチェック。とくに掲載が場合は、お店のインスタ、ツィッター、フェイスブックを確認、どれかに今年に入ってからのポストがあれば、「営業中」と判断しました。グーグルに「閉店」と出ているのに、お店にのサイトで「再オープン」の告知が出ているお店も1軒あり(グラマシー・パークのBig Daddy’s)、ネットだけでは100%正確に調べられない点は、あらかじめお伝えします。

まず、全体の傾向を。

・一番、たいへんそうなのは観光客を当て込んだエリアやお店でした。ホテル内の店舗は軒並み、休業中。タイムズスクエア周辺のトップ・オブ・ザ・ストランドや、エディション・ホテルの植物園みたいなルーフトップ・バー、プラザ・ホテルの地下の高級フードコート、トッド・イングリッシュは閉まっています。グランド・セントラル駅の老舗バー、キャンベルも休業中。2軒だけ掲載したライヴを見ながら食事もできるヴェニューは、スカパラや星野源さんもパフォーマンスしたソニー・ホールは休業中ながらオンラインでライヴ配信を行っており、ブルーノート本店は2月のスケジュールが掲載されていました。

ソニーホールのリハーサル風景。

・複数の店舗をもつレストランは、半分くらいの店舗を閉めて、デリバリーとテイクアウト(あらかじめオーダーして取りに行くピックアップを含む)に特化していました。日本にも支店があるブランチの女王、サラベスはマンハッタン内にある5店舗のうち、3店舗のみオープン、ピザのスピーディー・ロメオとポーリー・ジー、ベネズエラ料理のカラカス・アレパ・バー、チキン&ワッフルのスウィート・チック、ファンシーなジャマイカン、ミス・リリーズ、サンドウィッチのヌンパンも営業している店舗は半分だけでした。

・ブルックリンとマンハッタン両方に店舗がある場合、ブルックリン店だけ開けているケースがほとんどなのは、マンハッタンへの人の行き来が減っているからでしょう。席数が多い本店を閉めているケースが目立ちました。モモフク・ヌードル・グループのカウイや、スィーツのドミニク・アンセルなど、店舗によってかなりメニューがちがうお店は、メニューがシンプルで比較的に単価が安い店舗を開けていました。

ハーレムのレッドルースターのランチコース。いまは、デリバリーのみ。

・そこまで影響を受けていなさそうなのは、サード・ウェイヴ系のコーヒー店。もともと、テイクアウト中心であるのと、焙煎をするロースターも兼ねていて、コーヒー豆の販売網を構築しているからでしょう。バーチ・コーヒーとカルチャー・エスプレッソにいたっては、2019年から店舗がさらに増えていました。すごい。

・11店舗を掲載したバーで完全に閉店したのは、スポーツ・バーのWoodworkだけだったのは、意外でした。1920年代の禁酒時代のもぐり酒場を再現したスピーク・イージー系のバーは休業中なのか、営業しているのかわからないお店がいくつか。一応、市の要請は10時閉店ですが、もともと店の外を通ってもバーなのかわからない業務形態なので、常連だけでこっそりやっている可能性もゼロではないです(SNSでカクテルの写真を定期的にアップしているお店もありました)。日本は8時で閉めるように指導されていますが、デリバリーはもっと遅くても大丈夫な気ががします。

・すごいな、と思ったのが、極寒のニューヨーク(北海道と同緯度)で、店内がダメなら外、とばかり、店の前のスペースやバックヤードで席を設けていること。これ、平常時は春から秋のみで、真冬はやりません。席の下にストーブを置いて、ひざかけをして食べるスタイル。近所の、よく行っていたドイツのビヤホールを意識したブラック・フォレストなども、この形態でがんばっていました。近くの小さな広場にビニールのキャビンまで設けていて、すごいです。このお店も、ブルックリン内にもう1軒増えていました。きのう、Zoomで話した友だちは、「あれ、けっこう危ないと思う」と声を揃えていましたが、一緒に住んでいる家族との外食であれば、感染リスクが低いのかもしれません。

写真はブラック・フォレストのウェブサイトから借りています。

・入店のルールをウェブサイトに書いているお店も多かったです。「マスク、検温」という日本と同じルールのほか、「90分で退席」というのもありました。これは納得ですね。

・それから、グーグルが「非接触デリバリー」と訳している、No-Contact Deliveryもよく目につきました。オーダーも会計も全部アプリで、ドア先まで届けて終わり。つまり、置き配ですね。「新型肺炎の疑いがある人は、来店は控えてください。デリバリーは必ずします!」という文言もありました。そういう状況なんだ、と、ピリッとしました

・日本もデリバリー・ビジネスが増えていますが、アメリカはUberEatsのほかに、GrubHub 、Seamlessなど競合サービスがあって、GrubHubはたしか書き込みも多かったよなー、と思ってリサーチがてらクリックしたら、「お住まいの国ではデリバリーできません」って最初に出てきて門前払い。知ってるよ! お店が開いているか知りたかっただけなのに、ちょっと悲しかったです。

タイ料理店とアイスという珍しい組み合わせのスカイアイス・スイーツ&セイボリーのナチュラルなアイスのパレット。食べたい。

・スィーツも比較的、大丈夫。最強はアイスクリーム店。クローズしているどころか店舗が増えていたり、パイント(円柱型の容器です)に詰めて全国展開で売り出していたり。アイスクリームは腐らないから賞味期限がないんですよね。日本の雑誌にもよく載っているモーゲンスターンズは、拡張していました。ここ、日本の食パンが入ったアイスクリームとかあるんです。へんてこフレーバーの有名店だと、オッドフェローズ・アイスクリームもおすすめです。「味噌ピーナツバター」とかあるの。オッドフェローズは、日本にぜひ進出してほしい。

・ドーナツ店とチョコレート店も、規模を縮小して営業を続けているお店がほとんどでした。カーウォッシュの中にあった、アンダーウェスト・ドーナツと、ブルックリンのヌヌ・チョコレートは閉店。ビール・チョコレートで有名なヌヌは、以前は1月でもうバレンタインのチョコも予約できないくらいの人気店だったから驚きました。ただ、ウェブサイトには「デンマークと南アフリカを取り入れた新しいスィーツを開発中です」とあって、方向転換をするようなので、コロナ禍だけが理由ではないかもしれません。

パイズ&タイズの大人気のバナナカスタード・パイ。カロリーを考えちゃいけないやつですね。

・アッパーウェストのカップケーキの名店、リトル・ヘンズは改装中。建物がボロボロでしたから、納得です。Sex and The Cityに出てきた超人気店、マグノリア・ベーカリーは全店オープンしていました。ただ、行列にならない工夫しており、キッチンでの調理法を明記するなど、コロナ対策はかなり力を入れている印象でした。

・コーヒーの卸しもやっているポートリコ・コーヒー、イタリアン・スィーツのヴェニーロやフェラーラ、ユダヤ系のカッツなど、「100年以上やっています」系のお店はビクともしていなかったです。先代(もしくは先先代)は世界大戦を持ち堪えたわけですし、そりゃそうか、と思いました。土地ごと持っているお店も多いからかな。

カッツのパストラミ・サンドイッチ。軽く500グラムはありそうなボリューム。おいしいですよー。

・完全に廃業していたのは、アンテイムド・サンドイッチ、チーズショップのスティンキー・ブルックリン、グリーン・グレープ・アネックスのカフェなど。比較的、新しいお店が多いことから、家賃が高めで支払いが大変だったのかな、と察しています。

目に付いた、工夫ポイントを挙げてみましょう。

○SNSをがんばっているお店が、ほんとうに多かったです。以前から力を入れていたのだと思いますが、マメに営業時間の変更を知らせるなど、いまの状況は利用者にとっても便利。また、「つながっている感」があると、ファンも離れないと思いました。

○クックブック(レシピ本)を出しているお店が数軒ありました。ネットだけのe-bookの形だと、出来上がるまでも早いですよね。

○西安料理の激辛手打ち麺で人気のシーアン・フェイマス・フーズは、家で調理できるミール・キットを販売していました。なんと! 家で小麦粉を手打ちするところからスタートするので、自粛期間向けのアクティビティとしても人気。ウェブサイトには、その様子を公開する動画がアップされていて、参加型のいいアイディアだな、と思いました。どんどん増えていた店舗はどこも閉めていないようですし、コロナ禍が終わったら、全米展開すると思いますよ。日本でも2024年くらいにオープンするだろう、と大胆な予想を立てておきます。

これがラムとクミンの平打ち麺。スーパー辛くてスーパー美味しいです。

○オープンしている店は、とにかくデリバリーに力を入れていました。カクテルをデリバリーしているお店までありました。もともと、ニューヨークはデリバリーの習慣が根づいていて、お店に配達要員がいましたが、それだと現金の受け渡しになるので、衛生面を考えるとUberEats などのサービスのほうが時代に適しています。

読んでくださって、ありがとうございました。私個人は、あいかわらずスーパーとDS以外は出かけない生活をしていたのですが、今年に入って、ひとりでランチに行ってだれとも喋らず帰ってくる、というのを週に1回やっています。ひとりGo to Eat。って、ほんとに変な英語ですね。あと、炊飯器でポトフやお肉の塊を調理するのにはまっているので、それもまたブログに書きますね。