Super Bowl の経済学;The Weeknd「自腹7億円」は不足分の補填、そして赤いジャケットの秘密。

The Weekndのスーパーボウル・ハーフタイム・ショー、観ました? よかったよね?  よかった、よかった、で済ませてもいいのだけど、いくつか付け足したいことが。地元タンパベイ・バッカニアーズがカンザスシティ・チーフスを降しましたが、The Weekndこと、エイベル・テスティファイにとっても「負けられない」夜でした。

The Weekndは、NFL の頂点を決めるスーパーボウルと、例年ならほぼ同時期に開催されるグラミー賞の授賞式のメイン・パフォーマーに誘われました。で、ハーフタイム・ショーの準備に全力を傾けたいし(本人の弁)、グラミーは2017年にもパフォーマンスしているし(これは私の憶測)、あとからオファーがあったグラミー賞を断りました。そうしたら、2020年、アメリカで4番目に売れたアルバム『After Hours』がひとつもノミネートされない、という「えーぇぇぇ?」な事態が発生。「グラミー賞はだれが勝っても、ノミネートされても文句を言われる宿命、言ってもしかたない」と思っている私でさえ、怒りと哀しみでまた『After Hours』を聴くという無限ループ。だから、このハーフタイム・ショーでは、グラミー選考員を見返す必要があったのです。

彼が直立型ドレッドだった頃からのファンなので、2月8日の朝10時半、ソファの上に正座して待っていました。「麒麟がくる」の最終回でさえ、寝転がって鑑賞したのに(最後の最後で主役、実は織田信長だったんかーい、ってなったのは私だけでしょうか)。なんなら、フロリダのタンパベイ(1回行きました。典型的なアメリカの郊外)のスタジアムをラスベガスに見立てて、車で到着した体で登場したときは、「エイベル!」と声に出して、手を叩いてしまいました。うれしかった。「カナダで、なんか暗いけど聴きやすいR&Bをやってる若者」として世に出て10年弱。よくここまで上り詰めたなぁって。

このブログでは「7億円自費を投じた」とのマネージャーの発言が、日本でひとり歩きをしている印象なので、少し修正を加えるのと、youtubeで見直すときに「これ知っているともう少し楽しいかも」という鑑賞ポイントと、ついにわかった赤いジャケットの秘密! の3本立てで行きます。

1.「7億円以上の自費を投じた」話から。イコール「制作費7億円以上」ではないんです、恐ろしいことに。「不足分の7億円を、本人が出した」んです。昨年、ジェニファー・ロペスとシャキーラ(→大好き。FCバルセロナのジェラール・ピケの奥さんでもあります)のラティーノ大ダンス大会のハーフタイム・ショーが「制作費約13ミリオン、1分1億円」だったニュースをうっすら覚えていたので、あれよりずっと安いってことはないのでは、と思って調べました。基本、スーパーボウル側(NFL とペプシを筆頭にしたスポンサー)は出演料を出さない代わりに制作費を出します。それでも、アーティストにはプラスしかない。ハーフタイム・ショーへの出演は、スポーツとエンタメの歴史両方に残ることを意味するし、全米いち(ほぼ世界一)の視聴率を誇るので、出演後は昔ならアルバムやコンサートのチケットが売れたし、いまはストリーミング配信の回数が跳ね上がり、すぐに回収できます。実際、The Weekndは、歌った分のセットリストの曲プラス・アルファのベスト盤『The Highlights』を直前にリリースしました。

The Weekend 自身が「自分の世界観を実現させるには、足りなかった」と発言した制作費を推定してみましょう。単純に去年の13ミリオンをベースにして、NFL がそこまでは出したと考えると7ミリオンを足して、20ミリオン。20億円をかけた可能性もあります。アメリカ最大のプロモーター、ロック・ネイションと作り上げたセットは、見栄えと同じくらいソーシャル・ディスタンスを考え抜かれていました。察するに、設営に携わる人々、ダンサーとミュージシャンの安全を守るためにかなりの金額が投じられたのでは。ちなみに、例年の半分、22000〜25000人と言われる観客のうち、3分の1に当たる7500人は、NFLが招待した地元の医療従事者でした。スーパーボウルは、いい席だと正規のチケットでも4000ドル(40万円)くらいするので、太っ腹だし、アメリカのいいところが出ていますね。

アルバム・カバーです。かっこいい。

2.  曲を追いながら見どころを解説しましょう。スタートが2016年のサード・アルバムのタイトルトラック「Starboy」。曲を作り、フィーチャーもされたダフト・パンク不在の時点で、ゲストなしの予感。建物が並ぶ街並みに似せたセットに、大勢のクワイアー(聖歌隊)兼ダンサーを配して豪華。彼が歴代のハーフタイム・ショーでもっとも参考にしたとインタビューで話していた、1996年のダイアナ・ロスからインスピレーションを受けたのかもしれません。次の「The Hills」と「Can’t Feel My Face」はセカンド・アルバム『Beauty Behind  the Madness』からのヒット。

「Can’t Feel My Face」で、セット内に作った迷宮に入り込みます。これは、最新作『After Hours』のMVの世界観で、タイトルトラックもちらっと挟んでいました。無事に脱出して、ステージに戻っての「I Feel It Coming 」もアルバム『Starboy』から。みんなが知っていそうな、少し前の代表曲が多かった印象。そうそう、「I Feel It Coming 」のミュージック・ヴィデオには水原希子さんが出演しています。

続いて『After Hours』からシングル「Save Your Tears」を投入。何十人ものバイオリニストを招いた「Earned It」は、2015年の映画「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」のサウンドトラックの曲です。それまでは、流行りの音楽に目敏い層に支持を受けていたThe Weeknd の知名度をいっきに高めた曲で、彼の歌唱力をあますところなく見せるためにぴったり。ここで2011年のミックステープからの「House of Balloons/Glass  Table Girls」を流しながら、フィールドに包帯マスク男の一群が現れました。レコード会社と契約する前の曲を入れたのは、コンサートでよくある「昔からのファンの人〜?」って訊ねて、初期の曲を演奏する流れに近い。

そのミックステープにサンプリングしたスージー&バンシーズの「Happy House」も丁寧に織りこんでいました。この1980年の「幸せな家」を皮肉っている歌詞が、30年の時を経て退廃的な『After Hours』のコンセプトにつながり、クライマックスの「Blinding Lights」の完璧なイントロになっていて見事でした。包帯男たちがぐるぐる踊る演出は、病んでいるのか元気なのか、楽しいのかブチ切れているのか、よくわからなくて、そこが2021年ぽくて個人的に最高でした。あと、徹底して生歌にこだわって歌い切ったのもかっこよかった。

なんか、不思議な気分になる曲です。

3. 赤いジャケットの意味。一連の『After Hours』のMVは、ラスべガスに豪遊しに行った赤いジャケット男がハイになって暴れたり、ボコられたり、殺す側に回ったかと思ったら頭を切り落とされたりする幻惑的な内容です。首だけのまま出演して整形女子たちに痛ぶられる「Too Late」のMVはさらに不気味で、最新の「Save Your Tears」のMVではリトル・リチャールズばり整形をした顔で歌っています。包帯に関しては、「上辺だけのハリウッド文化を嘲笑している」との本人のコメントがあります。『After Hours』の日本盤CDの対訳は、私が担当しました。ドラッグと恋人の間で揺れながら、ラスベガスへ逃避する、というコンセプトの陰に、住んでいるロサンゼルスへの嫌悪感を滲ませていました。

エイベルには絶対整形をしてほしくないです。いまの顔がいい。

逃避行する赤ジャケット男は何者なのか、との問いへの答えは、The Weeknd自身は用意しているけれど、みんながあれこれ推理するのがおもしろいので言わないそうです。ちょうど映画「ジョーカー」が大ヒットした後だったので、やはり赤いジャケットを着ていた彼に結び付けられがちでしたが、それもちがったようです。

キャラクターの設定はともかく、赤いジャケット自体は、ゴッドファーザー・オブ・ソウル、ジェームズ・ブラウンへのオマージュです(きっぱり)。根拠は、スーパー・ボウル出演の直前のテレビ・インタビューで、ほとんどの答えをはぐらかしたのに、「ステージに立つ前のウォーミングアップで聴く曲はありますか?」と訊かれたときだけ、「必ず、毎回ジェームズ・ブラウンを聴きます」と即答したから。彼は、声質が似ているマイケル・ジャクソンを引き合いに出されるケースが多く、実際、今回のステージでもマイケルを思わせる振り付けを挟んでいました。

でも、赤いジャケットは、JB。赤いスーツのときは、必ず黒いシャツを合わせていたし。あー、もっと早く、ヒントなしで気づきたかった! 『After Hours』は1980年代の音と風俗をふんだんに取り込んでいるので(「Blinding Lights」のMVに出てくる中国人女性も、デヴィッド・ボウイの「China Girl」を少し思い出します)、1970年代を代表するジェームズ・ブラウンは盲点でした。The Weekndはパンツこそ黒ですが、ジバンシィ製らしいスパンコールのキラキラの赤いジャケットは、2006年に他界したJBのスピリットに憑依しているんですね。

ほら、赤いジャケットに黒いシャツ。

以上、The Weekndのハーフタイム・ショーの付け足し解説でした。