2019年にアリアナ・グランデ『thank u, next』が聴かれまくっている理由。

アリアナ・グランデの新作『thank u, next』が、もう大好きです。2月にリリースされて以来、ずっと聴いている。実は、このアルバムはアメリカほか全世界でもぶっちぎりで聴かれていて。リアーナとドレイクが持っていた最多ストリーミング回数の記録を抜き、ビルボードのホット100ではトップ3を同一アーティストが独占という、ビートルズが1964年に打ち立てた記録を半世紀ぶりに達成。

 

 

私は、「アリアネーター」と呼ばれるほどのファンではないけれど、2012年、子役上がりだったアリアナが、ほぼ子どもとその保護者のお客さんの前で歌っていたデビュー前のお披露目ライヴでその歌唱力にぶっとばされてから、ずっと応援しています。ライヴは3回、取材のつきそいで本人に会ったことは1回。ワガママだとか、ディーヴァとかよく叩かれきたアリアナですが、取材やコンサートを見ると「ザ・プロ」と呼ぶしかない、正真正銘のすごいシンガーです。うん、プロデュース能力やダンスも込みで「エンターテイナー」と呼んだ方がしっくりくるビヨンセと違って、彼女はシンプルに「歌手」なんですね。そこは大きな違い。

その彼女が、前作『Sweetener』からわずか半年で10曲入りの新作、『thank u, next』を届けてきました。『Sweetener』も良かったんだけど、そこまで相性がいいとは思えない、プロデューサーのファレルのカラーが強かったかな、と。

では、何が「アリアナらしい」のか? 私が思う3つの特徴をあげてみます。1)宝石みたいなソプラノ・ヴォイスを生かしたブロードウェイ・ミュージカル調のキラキラ曲、2)アーバン寄りのポップバラッド、そして、3)「なぜいまこの曲調?」な時代感覚がおかしい曲。

最初のふたつめまではほかのファンのみなさんからすんなり同意を得られるとして、3つめの「時代感覚がおかしい曲」が好きな人は少数派かも。たとえば、メイシー・グレイとの「Leave Me Lonely」や、ネイサン・サイクスとの「Almost Is Never Enough」、あとニッキ・ミナージュとのどレゲエ「Side to Side」とか。音の流行を無視しているためアルバムから少し浮いているのですが、「私、これだけ歌えるんです」という主張が詰まっている気がして、どれも隠れ名曲だと思っています。

それでは。愛を込めて、5作目『thank u, next』がなぜここまで聴かれているか、3つの理由をあげてみます。

 

 

1. ここ2年で知名度さらにで上がった

Bad publicity is still publicity、という言葉があります。悪評も評判のうち、という意味で、どんな悪いニュースでも有名になった人が勝ちということ。私、この言葉をディアンジェロとダンスホールのヴァイブス・カーテルから取材時に言われたことがあります(無関係だけど並べるとそれなりに迫力がでる組み合わせですね)。まぁ、よく使われる言葉ですね。ネットでバズること自体に価値がある、いまの時代はさらにその傾向が強くなっている気がします。

子ども向けテレビ番組出身で最初から知名度があったアリアナは、気の毒な理由のせいでここ2年でもっともっと有名になりました。ひとつめの理由が、2017年にイギリスのマンチェスターのコンサートで自爆テロが乱入、22名のファンが亡くなる惨事に見舞われたこと。ふたつめは、昨年、ラッパーの恋人、マック・ミラーが別れてから半年後に自殺してしまったこと。コメディアンのピート・デヴィッドソンと婚約破棄したのもニュースになりましたが、マック・ミラーの件の方がショッキングでした。

あと、日本では曲の「7 rings」にちなんで「七輪」というタトゥーを彫った件で、ネット上で騒ぎになりましたね。たしかにまちがいですが、七輪自体、どの家庭にもある一般的なものでもないし、五輪までひっぱり出して大騒ぎするほどのことだったのかなぁ。

ていうか! マンチェスターのテロ事件のあと、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を患ったことを公表して満身創痍だったにもかかわらず、絶対にマイクを離さず(なんなら、マイクにすがりつくように)活動を続けているアリアナを、よく音楽の話そっちのけで叩けるな! って思っていました。

 

おっと、興奮してしまった。落ちつきましょう。

 

とにかく、いまのアリアナは超がつく有名人。2016年まであまり知らなかった人は「ヒット曲くらいは知っている」、それまでふつうに知っていた人なら、「新作出たなら、クリックしてみようかな!」と、つい応援したくなる立ち位置にいます。それが、最大の強み。

 

 

2. アリちゃん、「ガール」から「ウーマン」になる

デビュー時からガーリー売りだったため、女性ファンと、「心は女性」な男性ファンが多かったアリアナが、酸いも甘いも噛み分けた「ウーマン」に成長しました。結果、「アリアナも聴くけど、なにか?」な大人が増えたんじゃないかな、と。

裏づけるために、最初のシングル3曲を解説してみます。最初に断ると、この3曲は「ウーマン」を通り越して「ビ○ッチ」モードです。すがすがしいほどに、ダークサイド全開。

「thank u, next」は、元彼たちの実名を出して話題になりました。恋多き女のアリアナは基本的に同業者やエンタメ関係者とつきあうため、すべての恋愛がハイプロファイルになってしまうのですが、かれらとの関係を振り返りつつ、

 

「ありがとね、はい、次の方!」

 

と言い切ってしまった潔さ。あ、この「ネクスト!」は銀行や病院で順番がきたときの呼ばれ方です。特定の相手への感情を曲にするのはテイラー・スウィフトという大先輩がいますが、この曲の後半はたんなる失恋ソングではない展開を見せます。

「友だちと一緒に過ごす時間を増やしたから/なんの心配もない/それに新しい人にもう会ったの/ずっといい話し合いができる人/切り替えが早すぎるって言われるけど/今回の人は永遠/だって彼女の名前はアリだから」

そう。結局、自分自身が一番の味方、という自分への愛を歌った曲なんですね。ちなみに、名前を出した元カレたちには事前に連絡して了承をもらったそうです。案外、気をつかうタイプ。

それから、この曲はプロモーション・ヴィデオが秀逸です。「ミーン・ガールズ」や「キューティー・ブロンド」、「ブリング・イット・オン」、「13ラブ30」など90年代の有名な青春映画がこれでもか、って出てきてアメリカ映画が好きな人は最高に楽しめるので、ぜひ。「ミーン・ガールズ」は主人公ではなくていじめっ子ボスのレイチェルに扮しているあたり、コメディエンヌとしてのセンスを炸裂させています。キム・カダーシアンのお母さん(カニエ・ウエストの義母)クリスさんを母親役に配しているのも笑えるし、「キューティー・ブロンド」の超有名なネイルサロンのシーンはほぼ忠実に再現していて、本気度がちがいます。

問題の「 7rings」は、トラックがもっとも複雑でおもしろく、「お金を使いまくって悲しみを吹き飛ばす」というコンセプトがとってもヒップホップ的。映画『サウンド・オブ・ミュージック』の「My Favoraite Things」をコーラスで引用したと思ったら、ビギーの「Gimme The Loot」のヴァースまでひとっ飛び。で、その間は02年のキーアさんの一発屋ソング「My Neck, My Back」を引っ張っているように聞こえるのですが、私以外に指摘している人がいないから、思い過ごしかなぁ。それから。「私の髪が素敵ですって? ありがと、買ったばかりなの」という、ウィーヴ(つけ毛)をあっさり認めるラインが面白すぎます。

「Break up with your girlfriend, I’m bored」はビ○ッチ度が高すぎて、クラクラします。「ねぇ、彼女と別れてよ、私、退屈なの」ですって。自分が退屈しているから目をつけた男性を彼女と別れさせるって、どれだけ高飛車。別れたら明日の朝、相手をしてあげる、と歌っているのですが、そのあと、あっさり彼を捨てそう。こんなとんでもないコンセプト、だれが思いついたんだろうと思ったら、TLCの「No Scrub」(車も持っていないくせに話しかけるな、ていう曲)、ビヨンセがいたデスティニーズ・チャイルドの「Bills Bills Bills」(ねぇ、ちゃんと支払いはできるの?、というサビ)という90年代の2大ビ○ッチ・ソングを書いた元エクスケイプのキャンディーさんとシェイクスピアさんコンビでした! はは〜。このふたりの話はあと1000字くらい展開できますが、アリアナと関係ないので自粛します。そうそう、「 7rings」のヴィデオのファッションも90’sだし、このアルバムの隠れテーマはアリアナの90年代への憧憬みたいですね。

 

まとめると、「めそめそしていると思った? 私は大丈夫よ」と強気モードで攻めているのが、このシングル3枚です。

 

 

3. しかし、『thank u, next』は本質的に鎮魂歌(レクイエム)のアルバムである

最初にカットした3枚こそ強気モードですが、このアルバム全体を支配しているのは亡くなった魂と、その悲しみを背負った自分の魂を慰めるムードです。はっきりとマック・ミラーの死で泣いた、と歌っているのは「ghostin」だけですが、それ以外の曲も行間や単語ひとつに彼の死が影を落としています。

たとえば、1曲めの「imagine」は、得意のキラキラ曲に響くけれど、「あなたの胸で眠りに落ちる、そんな世界を想像して」とのコーラスでハッとします。恋人同士だったら当たり前の状況を「想像してみて」と歌うのは、相手がもうこの世にいないから。

「私、いくらでもかまってちゃんになれるのよ」と歌う「needy」や、一転して「自分のスペースと時間がないと好きな気持ちも続かない」と歌う「N.A.S.A」も相手は特定していないけれど、元彼の中で「天使だった」と歌うミラーとの関係をどうしても思い起こしてしまう。

「N.A.S.A」の後半はポップレゲエというか、少し前に流行ったトロピカル・ハウスっぽい音が入り、そのあとの「blood line 」はマックス・マーティンが作ったストレートなレゲエ。「もう作り笑いは無理」と歌う「fake smile」もレゲエ調、続く「bad idea」に至ってはダブに展開します(ええ、だからこのアルバムが好きなんです)。ポップ畑のプロデューサーでも、本腰を入れるといいレゲエを作りますね。「fake smile」はPTSDのときの心情が聞き取れて辛く、ポップアルバムには珍しいダブのインストが入るのも、必要性があって間を取っているように思います。

浮気心を歌った「bad idea」には合いの手で、なんと、日本語の「アリちゃん!」が入ります。周りに人がいないときは、ぜひ一緒に歌ってみましょう。くせになりますよ。「make up」は「仲直りする」メイクアップと、化粧のメイクアップをかけている曲。ここで、アリアナのパフォーマンスを客席で見ているときに爆笑したリアーナのコスメライン、Fenti Beautyが出てくるんですよー、アリちゃんからのラヴコールでしょうか。リアーナは賢いので、シンガーとしての実力でかなわないことがわかっているアリアナには近づかない気がするんですけど。

 

さて、問題の「ghostin」について。このアルバムのハイライトにして、インスタント・クラシック=即、名曲認定。歌詞の美しさ、もの哀しさをアリアナの歌唱力が包み込むさまは見事です。感情を持って行かれるので、慣れるまで移動中には聴けませんでした。状況としては、いなくなった昔の恋人(マック・ミラー)を想って泣いてしまう自分を、いまの恋人(元婚約者のピート・デヴィッドソン)に謝っている、という。マック・ミラーが朝ドラのサキ姉ちゃん状態(あ、わかりづらい?)で夢枕に立ったりするようで、「私はたくさんの過去がある女なの」というラインもヘヴィ。「私たち、きっと乗り切れるよね」と歌っていますが、ピートとは結局、別れてしまいました。

 

個人的な内容ですが、これ、いまのアメリカの若い人たちにすごく響く曲なんだろうな、と思いました。理由を書きますね。3月7日付のニューヨーク・タイムズに、55才以下のアメリカ人の死因として、お酒やドラッグの大量摂取、そして自殺がここ20年で激増しているニュースが出ていました。私は薄々感じていましたが、それでもショックで。とくに、合成ドラッグで亡くなるケースがここ5年でものすごく増えているそうで、20年前は年間1000人ほどだったのが、いまは2万8000人、2週間で1000人も亡くなっている計算になります。ピエール瀧さんの件で日本もコカインの話題でもちきりですが、コカインは原材料のコカが必要なので、アメリカでも南米から入ってこなくなるとバカ高くなり、お金を持っていないとできません(それでも、記事の死因には入っています)。若い人はエクスタシーと呼ばれるMDMAのほか、処方箋があれば手に入る抗うつ剤のXanax、鎮痛剤や強い風邪薬を多量に摂る人が増えています。つまり、製薬会社が儲けるためにたくさん流通させた薬が、本来の目的とはまったく違う方法で使われて命を落とす、という病んだシステムができている。うつに関係して銃や首吊り自殺も増えていて、各州で銃や処方箋の必要な強い薬の管理を厳しくする方向になっているそう。

最近、若くして亡くなるラッパーが多いのは、ヒップホップだけの問題ではなく、アメリカ全体の状況を反映しているわけです。以前に増して、死が身近になっているアリアナに近い世代の人たちが、この曲に自分の体験を重ね合せるのは想像に難くない。

図らずとも、優れたシンガーは時代の声をすくい上げることがあります。

「ghostin」で、アリアナはそれをやってのけました。トラウマになりそうな体験からの立ち直り方、もがき方を等身大で見せているアルバムが、『thank u, next』だと思うのです。けっこうキツイ歌詞が多いのに、彼女の歌声にセラピューティック(癒し)な効果があるのは、前へ進もうという祈りにも似た想いをのせて歌っているからではないでしょうか。

暗いオチになってしまって申し訳ないです。でも、日本でも私みたいにこのアルバムを聴いて元気が出る人たちがいるような気がしたので、書きました。そんなバックグラウンドを心に留めながら、『thank u, next』、ぜひ聴いてみてください。