I LOVE ♥ジェネイ・アイコ

ジェネイ・アイコのサードアルバム『Chilombo』が息の長いヒットになっている。

ビルボードのアルバム・チャート、Billboard200の上位に21週間ずっとランクイン。ピークは2位、デラックス盤効果で先週は6位。シングル・チャートのHot100には入っていないから、ひたすらアルバムが人気なのだと思う。2017年の前作『Trip』も53週と大健闘したし、「本国では愛子ちゃん人気、じわじわ伸びてる」と言ってさしつかえない状況。

ふと、気がついた。なんか、日本のみんな、ジェネイ・アイコに冷たくない?

ストリーミングで聴いている人は多いと思う。気がついたらクリックしているR&Bファンもたくさんいるはず。でも、話題になっていない。アルバムのレビューも少ない。

これは‥私にも責任の片鱗があるのではないか?  B2K時代のオマリオンに「アイコっていう妹分みたいなアーティスト、日系なんだよ」と言われたのが2003年。実に、17年もきちんとアイコちゃんに向かい合ってこなかったことになる。なんたる不覚&反省。

ということで、3つの角度から見るジェネイ­愛子ちゃん入門、行きましょう。

1 オルタナティヴR&Bの代表選手

‥‥私自身、「2020年にジャンル分けっている?」と思いながら書いている。まぁ、ジェネイ・アイコのアメリカでの立ち位置を説明するために、便利なのでこのまま。音楽ジャンルのオルタナには、「新しい」と「インディー(独立系)」の両方の意味がある。私は、それに加え「代替え」と訳すのもありかな、と考えていて。「そっちもいいけど、こういうのもありますよ」的なかんじ。オルタナティヴR&Bの元祖はエリカ・バドゥ、ディアンジェロ、マクスウェルあたりに代表されるネオ・ソウルだそう。あちこちで書いているとおり、ネオ・ソウル自体、全盛期の時点で当該アーティストはひと括りにされるのをいやがっていた(目の前で、「いや」と言われた)。それが、月日が経って「それで伝わりやすいなら、どうぞ」みたいな妥協点が出てきたように思う。コブシを効かせない、楽器の音色と懐かしい感じがするメロディーを大事にしているタイプのR&Bという共通点は、たしかにあった。

オルタナR&Bに入るのは、フランク・オーシャンやミゲル、ザ・ウィークエンド、SZA やH.E.R 、アリ・レノックスやサマー・ウォーカーなど‥って最近の人みーんなじゃん! フランク・オーシャンはR&Bに括られること自体、いやがっていて、その反応が98年のディアンジェロとまったく同じ(目の前で、「いや」と言われた)。こうなるとジャンルってグラミー賞などアワードのためにあるのでは? という気になる。トラディショナルR&BにたいしてコンテンポラリーR&Bがあって、さらにオルタナティヴR&Bが出てきて‥みたいな。オルタナティヴR&Bは、別名ヒップスターR&Bや、そのヒップスターが好むビールの名前をとってPBR&Bという呼び方もあるらしいけれど、ヒップスター自体、絶滅しかけているのでこの名称は使わなくていいと思う。

で、ジェネイ・アイコは「オルタナティヴR&B」という言葉でセットででてくるのがすごーく、多いのだ。つまり、「新しい感触のR&Bをやっている人代表」だと目されている。彼女は歌詞をかっちり書かず、ほとんどフリースタイルで言葉を紡ぐ。韻は踏むけれどラップではない絶妙なラインを突いてくる。そして、内省的だったり、センシュアルだったりする歌詞を、柔らかく、甘さと涼しさが同居する歌声に乗せているのが持ち味。激しく踊ったり、声を張り上げたりせず、じわじわとこちらの感情に訴えてくる。アレサ・フランクリンやビヨンセの歌声のような即効の熱量がない分、こちらのエネルギーをぶつける必要もなく聴き続けるのが楽なのだ。

2 アイコは愛子。アリアナは恋敵?

バックグラウンドについて。本名はジェネイ・アイコ・イフル・キロンボ。そう、最新作のタイトルは名字なのだ。「アイコ」はミドルネームのひとつで、漢字だと愛子。母方のおじいさんが日本人(日系人)の山本氏。そちらのおばあさんはスパニッシュ・ドミニカンで、父がネイティヴ・アメリカンとアフリカ系、ドイツ系、ユダヤ系が入っているそう。医者のお父さんは、ヒッピーっぽいファンキーな方で、「キロンボ」は彼が改名した名前。姉妹が3人、兄弟が2人の5人兄弟。そのなかに、ミヨコさんと、ミヤギくん(親御さん、ベストキッド世代だな)、それからシンガーのミラ・Jがいる。彼女はヒップホップ・ソウルに近いR&Bをやっているから、知っている人も多いかな。お兄さんの一人を脳腫瘍で亡くし、彼への思いを込めたのが2017年の『Trip』だった。

前述したようにB2Kの妹分としてエピック・ソニーから15才でデビューするはずが立ち消えになり、学校に戻って19才で音楽活動を再開して、20代後半に実を結んだ計算になる。再開のきっかけが、妊娠。20才でシングル・マザーになって、音楽活動に戻ったわけ。子供の父親はオマリオンの弟、オライアン。というこで、こちらのヴィデオをご紹介。

2015年の「Spotless Mind 」。ヴィデオの相手役はなんと、ベイビーズ・ファザーのオライアン。お兄ちゃんに似てますね。このとき、アイコちゃんには、キッド・カディのメイン・プロデューサーのドット・ジーニアスというパートナーがいたのだが、彼とは、2016年に結婚したことがわかってすぐに年内に離婚(激しい‥)。オライアンは娘のナミコちゃんが生まれる前に別れていたけれど、彼女曰く「ずっとファミリー」だそう。アメリカでは子供の誕生日パーティーに現パートナーと別れた子供の父親の両方がいるのは珍しくないけれど、ヴィデオに出てくるのはちょっと面白い。

そして、いまの彼氏、ビッグ・ショーンの登場。まず、2016年にTWENTY88というユニットで同名アルバムをリリース。これが、いいのだ。音楽的な相性バッチリ。そのあと、くっついたり離れたりしながらずっと仲がいいし、このカップル自体が好きなファンも多い。ちなみに、同じ年にビッグ・ショーンは短期間だけアリアナ・グランデと交際していた。昨年、ショーンと愛子ちゃんが離れていた時期にアリアナと会っていたことがニュースに。それで、前作の『Break Up Your Girlfriend(彼女と別れてちょうだい)』はアイコちゃんに宛てていて、アイコちゃんの『None of Your Concern(ほっといてちょうだい)』に出てくる「miss thang」はアリアナのこと、と思われている。アイコちゃん、イギリスのBBCのインタビューでぶっちゃけた際、「あー、当時は彼はなんかラテン系の子? とつき合ってたから〜」って言っていておもしろかった。アリアナも大好きだけど、恋愛面ではアイコちゃんが一枚上手な気が。6才の年齢差以上に、修羅場を含む場数を踏んでいて、かつ「サンキュー・ネクスト!」以上の爪痕を相手に残しそう。

3 魅力は、スピリチュアルでセンシュアルな歌声

彼女は、センシュアル(官能的)、という言葉がぴったりな詞の世界を可憐なソプラノ・ヴォイスに乗せて歌う。リリックそのものは強気だったり、かなりビッチだったりもするのだが、なにしろ声がかわいいので下品に聴こえない。たとえば、最新作の「Happiness Over Everything」 は「何をおいてもハッピーになる」と訳すとポジティブだけど、あえてあばずれを意味するH.O.E.の略語を添えているから、意味が変わってくる。『Chilombo』のデラックス版はNasやジョン・レジェンド、タイ・ダラー・サイン、クリス・ブラウンまで参加してい豪華だ。苦労期間が長かったこともあり、業界内のサポーターが多いのも彼女の強み。それから、ファミリーの絆も強い。両親は離婚しているものの、「Surrender」で控えめな歌声を聞かせているドクター・キルはお父さんだろうし、姉のミラ・ J(ミドルネームはアキコさん)も参加。ジャネイ・アイコは名前の通り、たくさんの人に愛されているのが、本人の佇まいにも、音楽にも滲み出ていて、そこがすてきな女性だ。

また、愛子ちゃんはプロデューサーのNo.IDの秘蔵っ子で、デフ・ジャム傘下の彼のレーベルと契約している。フリースタイルで歌詞を作ってしまう彼女の才能をよく理解しているのだろう。実は、アメリカの音楽媒体のレビューは、そこそこほめながら、「抑揚に欠ける」とか「一本調子」とかチクっと悪く書いているのが目についた。しかし、だ。私はそのレビューワーがアイコちゃん流の新しいR&Bについて行ってないだけだと思う。だって、抑揚が激しくないところこそ、癒しポイントなのだから。声量がないわけでは決してなく、ジョンやクリスといった、かなり伝統的な歌い方をするR&Bシンガーが組んでも、持ち味はそのままで歌い負けていない。

『Chilombo』は曽祖母の出身地、ハワイでレコーディングしたそう。彼女はコミュニテイ・カレッジに通っていたときはヴィーガン・カフェで働いていたそうだから、スピリチュアルなライフスタイルに精通しているのだと思う。このアルバムは全曲にシンギング・ボウルの音色を取り入れている。一方で、ドラッグにはまって大変だった時期があったとも告白しており、すべてをひっくるめてロサンゼルスらしさを強く感じるシンガーだ。

最後に、彼女の日本(というか、ジャパニメーション)への愛が伝わる、こちらのヴィデオを紹介しよう。先ごろ、ミシェル・オバマさんのSportifyのプレイリストにも入っていた。

ふたりの肌色が明るい点は、アメリカのファンもかなり突っ込んでいるので、私としてはあまり騒ぎたくない。日本のアニメキャラに近づけたかったら、こういう色にもなるだろうし。それから、歌詞の「flex on my X」のXは、テスラのModel-Xのこと。愛子ちゃん、実際にローズピンクのModel-Xに乗っているそうで、このヴィデオはそのあたりも忠実。テスラがすこしスポンサーしているのかな? 

歌詞世界についても書きたかったけど、長くなってしまったのでこの辺で。

以上、ジェネイ・アイコちゃんへの公開ラヴレターでした。