ローリン・ヒルは、ミス・ヒルと呼ぶのが正解なのです。

  ローリン・ヒル。90年代のブラック・ミュージックを通過した人間にとって、ひときわ大切で、少しほろ苦い響きを伴う名前です。

 

 私はフージーズの『Blunted Reality』が話題に上り始めた時期にニューヨークに引っ越したので、世代としてはドンピシャ。96 年かな。『The Score』で爆発する直前、21丁目にあったライヴハウス、Trumpsで彼らのライヴを見ました。ぶかぶかののフーディーを着た小柄な女の子が、体躯に似合わない猛々しいラップを披露して、ほかのふたりのメンバーを圧倒。その夜は、彼女の印象が鮮烈でした。とにかく、ラップがうまかった。

 

 『The Score』がバカ売れし、ソロ・デビュー作『The Miseducation of Lauryn Hill』も世界中を席巻。ローリン・ヒルは、「理想の黒人女性」として世界中に崇められる存在となりました。アルバム・ジャケットがボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの『Burnin’』のジャケットによく似ていたこのアルバムで、グラミー賞を総ナメしたのも凄かった。デスチャ時代のビヨンセを含め、98−99年にインタビューしたアーティストは口を揃えて「好きなアーティストはローリン・ヒル!」と言い切っていました。

 

 それから。

 

 世紀の天才と敏腕プロデューサーと平均的ラッパーという、グループ内での格差が激しかったフージーズは不仲になり、ソロも待てど暮らせどセカンド・アルバムが出ない時期に突入。そして、ローリンは可愛らしい「ローリン」でなく、「ミス・ヒル」と呼ぶようにインタビューを通して世間に呼びかけ、ボブ・マーリーの孫に当たる子どもたちを産み続けました。

 

 00年代半ばからステージに立つようになったけれど、ファンが期待するようなアルバムは、やはり出ませんでした。07年、ブルックリンのクラウンハイツでのフリーコンサートは、よく覚えています。1万人以上が集まり、入れなかったファンが大勢フェンスの外に立っていました。ミス・ヒルは持ち曲の原型をとどめないほどにアレンジしたジャム・セッションを展開。昔のヒット曲を合唱したいだけの観客はどんどん帰り始め、最終的に1/3になった中で、やっと“Killing Me Softly”や“Doo Wap”を披露しました。壮絶な眺めでした。実際のところ、音楽は最高だったのです。ただ、世間が抱いているローリン・ヒル像と、ステージでバンド・マスター状態で音楽を奏でる本物のローリン・ヒルに横たわる、大きな隔たりが図らずも露呈した夜でした。

 

 それでも、ミス・ヒルはツアーを続け、曲のアレンジはどんどん研ぎ澄まされ、新旧の本物の音楽ファンを獲得し続けています。彼女は、全身全霊でリハーサルをする人です。昨年の冬、Brooklyn Bowlに登場したときは、開場時間になってもリハーサルが終わっていないようで、氷点下の寒さの中でリハーサルを聞きました。足の先まで凍えて、さすがに得しているとは思えなかったけれど、列で待っているファンの間で不思議な一体感が生まれたのは楽しかったです。

 

     

(ブルックリン・ボウルの時の写真です。彼女しか似合わない衣装も素敵です)

 

 昨夜のZepp Tokyoはさらに凄まじかった。2016年現在、ミス・ヒルは、ソウルとファンクとラップを全部足して、そこから何も割らない圧倒的なステージを展開するアーティストとなっていました。“Everything is Everything” から“Doo Wap”まで25曲を疾走するようにラップし、歌い切りました。実は、手元にセットリストの写しがあるのですが、明後日、横浜に行く人のことを考慮してまだ公開しないでおきますね。ボブ・マーリーのカバー曲が、先月見たマーシャ・グリフィスと8割被っていたのが面白かったです。

 

 “Killing Me Softly”を一緒に歌いながら、この18年間、ミス・ヒルはしっかりお母さん業を務め、自分らしい音楽を真摯しに演奏し続けてきただけなのだ、と合点が行きました。

 

      

 

 4年ごとのペースでも、あと4枚はアルバムが出ていたはず、とファンはどうしても思ってしまうし、実際に嘆願書を募る運動もあります。でも。彼女の気持ちとクリエイティブティがそこに向かなかったのだから、ごねるのはもうやめようと思います。

 

 ミス・ヒルは唯一無二のライヴを魅せるアーティストとして、自分の信じる道を行っています。98年頃、私は彼女を「マーリー・ブラザーズと同じくらいボブ・マーリーの音楽的DNAを受け継ぐアーティスト」と書いて、けっこうな勢いで編集者さんたちに突っ込まれました。でも、間違えていなかった。うん、間違えていなかったぞ。

 

 One day you’ll understand, Zion

 

 時を経て、ミス・ヒルのことをやっと理解できて来た気がします。ザイオンではないけど。

 

     

(ちゃっかりすみません。日本で彼女のアルバムを100万枚売り切った凄腕A&Rとご一緒したので。ミス・ヒルの美しさだけ、堪能してください。私は緊張のあまり、笑顔が引きつっています)

 

 

 

 

 

 

 

 

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