『サバイビング・R.ケリー』、観ました。6回シリーズ全部。哀しくて辛くて、エピソード5では号泣して、どっと疲れたけれど観てよかったです。フライング気味で予測すると、9月に発表されるエミー賞(テレビ/配信版アカデミー賞)のドキュメンタリー部門は、制するんじゃないかな。
アメリカのアマゾン・ビデオではストリーミングで販売していますが、日本はまだです。私はDaily Motionで観ました。ほめられた鑑賞法ではないけれど、先に見て、ここで案内をすることに意義があると考えたので。
R.ケリーは極度の飛行機恐怖症のため、来日公演も、プロモ来日もしたことがありません。ラスベガスのプレス・ジャンケットでも、シカゴから側近と一緒にバスを貸し切ってやってくるレベル(おまけに、途中で引き返してまたUターンしたので、ニューヨークから飛んだ私はめちゃくちゃ振り回されました)。それもあって、ほとんどの日本の人にとっては「曲は知っているけれど、歌っているところや話しているところは見たことがない」アーティストでしょう。90年代から00年代前半までが全盛期なので、ここ数年で洋楽、R&Bを聴き始めた人は、代表曲以外、ほとんどピンとこない存在かもしれません。
このブログは3つに分けて書きますね。
<R.ケリーの功績>
あまり馴染みのない人のために、超ざっくりとR. ケリーのアーティスト性と音楽性について(長年のファンの方は次に行ってください)。R.ケリーはシカゴ出身のシンガー・ソングライター/プロデューサーで、ニュージャック・スウィングの流行が終わりかけた頃にR.ケリー&ザ・パブリックアナウンスメントでデビュー。93年にはとっととソロになって『12 Play』でデビューし、R&Bの流れを変えました。以来、ヒップホップといい距離感と関係を保ちつつ、14枚のスタジオ・アルバムをリリース、数々のヒット曲を放ちました。ジェイ・Zとは『The Best of The Both Worlds』を2枚作っていますが、ジョイント・ツアーの頭、マディソン・スクエア・ガーデンの公演でジェイ・Zの側近がR.ケリーを襲う、という事件があって、二人の関係は良好とは程遠いです。巨大なMSG全体が妙な空気に包まれる、変なコンサートだったことはよく覚えています。
R.ケリーは95年、マイケル・ジャクソンに「You Are Not Alone」を書いて、人気復活に力を貸したほどのソングライター、プロデューサーです。マイケルは特別な存在だったようで、ふたりが一緒の車に乗っている映像をコンサートで流していました。
メロディーの作り方と作詞力において、彼は天才です。それは、まちがいない。歌唱力はあとからついてきた感じ。ライヴでもすばらしい歌唱を聞かせるときと、大味なときがありました。曲のタイプは大まかにふたつ。『12 Play』でぶち上げたストレートに性的な音楽と、「I Believe I Can Fly」や「I Wish」、「The World Greatest」 に代表されるゴスペルを取り入れたインスピレーショナルな曲ですね。セクシュアルなR&Bは、ベビー・メイキング・ソングスという呼び方もあります。冗談ぬきで、R.ケリーはアメリカの出生率の0.001%くらいは影響を与えていると思う。
映画の主題歌などのインスピレーショナルな曲でのクロスオーヴァー・ヒットで、彼はアメリカを代表するアーティストになりますが、持ち味としてはブラック・コミュニティーに根ざした、非常に「黒い音楽」を作る人です。「Step In The Name of Love」など、結婚式など人生の節目でかかりやすい曲も多く作っているので、自分の人生のBGMとして彼の音楽に思い入れがある人は多い。今回のドキュメンタリーが放映されて、「それ、犯罪でしょ」な私生活が暴かれても、にわかに受け入れがたいファンが一定数いて、それは今後も変わらないように思います。
それにしても。R.ケリー、カニエ・ウエスト、そしてオバマ大統領を生み出したシカゴって濃い街ですね。
<番組の構成>
『サバイビング・R.ケリー』の話を。あくまで「字幕をつけて日本で観られるようにしてほしい」がこのブログの趣旨なので、詳細は避けて、放映された暁に参考になることを念頭に置いて箇条書きにします。
・エグゼクティヴ・プロデューサー陣の筆頭はドリーム・ハンプトン。ヒップホップのライターとして出発して、最近は本や映像の分野も手がけています。とても優秀な人で、私も彼女の文章が大好きです。ジェイ・Zの本、『Decoded』を共著した人でもあり。刑務所全廃論者で、少し極端ですが、このシリーズに関しては同じ女性として被害者の女性たちを励ましたことが成功した大きな要因でしょう。
・コメントしている人たち:元妻のアンドレアさん、シンガーのスパークル、ジョン・レジェンド、チャンス・ザ・ラッパー、有名テレビホストのウェンディ・ウィリアムス、過去に交際した女性たち、現在カルトとのような生活をしている女性の親御さん3組、元取り巻き/スタッフの男性、R.ケリーのお兄さんと弟さん、『リズム&ブルース』の死を書いたネルソン・ジョージ大先生、トゥレなどの音楽ジャーナリスト、#MuteRKelly の運動を組織した女性たち、心理学者など50名以上。R.ケリーが、亡くなった母親の次に慕っていた恩師である音楽の先生も出てきます。余談ですが、レゲエのブジュ・バントンが刑務所に入るまでマネージャーを務めていた、私もよく知っているトレイシー・マクレガーが出てきてびっくりしました。ブジュとは離れたみたいですが、ずっと音楽業界で活躍しているのですね。
・6つのエピソードを3晩に分けて放映したので、途中から見た人も話についていけるように、続けて見ると同じコメントや映像が繰り返されるので、わかりやすいです。完全な時系列ではなく、取材に応じた女性たちの話と、それを裏付ける写真を見せるセクションと、#MuteRKelly 運動の広がり方とセクションが巧みに配されています。
・2002年から未成年に手を出していることが問題になり、セックスビデオが出回り、裁判沙汰にまでなったのになぜ捕まらなかったのか、ここ数年でさらに過激な暮らし方をしているのが暴露されても、なぜ、コンサートなど音楽活動にしばらく支障がなかったのか。私たち一般人の感覚では不思議な点の解答を一つずつピンポイントで用意。「被害者が黒人女性だから、見過ごされてきた。白人女性だったら大騒ぎになっていた」というコメントがとても重かったです。
・音楽家としては天才ですが、ロバート・ケリーは典型的な超浮気者のDV男です。大人の女性と普通の(もしくは、そう見える)恋愛をしている影で、10代の女の子にも近づく。相手の自由を奪い、言うことを聞かなかった手をあげて、食事もさせないなどゾッとするエピソードが繰り返されます。示談金を積んで被害届を出させないようにしたため、罪状はChild Pornography(児童ポルノの所有)止まりでしたが、この番組の主題は、Sexual Predator(性的搾取者/性犯罪者)ではないかであり、今後はその線で捜査されるでしょう。
・詳細は避ける、と書きましたが、私が号泣したシーンについてだけ。洗脳され、軟禁状態でR.ケリーと暮らしている娘(R.ケリーの意向で男の子の格好をさせられていました)がホテルにいることを突き止め、カメラ班と救出に向かったお母さんの再会シーン。すぐには一緒に出られなかったのですが、お母さんは戻った車の中で、うれし泣きをするんですね、2年以上会えなかった娘が無事だったことに。淡々としながら、すごい映像でした。
一緒に写っている写真をアップするのは違う気がするので、インタビューテープで。カセットにMDってめちゃ古いですね。
<反響、洗脳事件の行方/考えたいこと>
3人いるR.ケリーのお子さんのうち、長女が「父はモンスターだ」とコメントしたり、彼と「Do What U Want (With My Body)」を作ったレディ-・ガガが「浅はかな決断だった」と謝罪したり、なによりも警察が動き出したりと、反響は大きいです。R.ケリーは女性たちと国外脱出を試みた、とか、シカゴのトランプ・タワー・ホテルにこもっている(すごい場所のチョイス)というニュースも飛び交っています。
一方で、数年前のインタビューで、彼自身が子供の頃に親戚の大人からレイプされている、と告白しているので同情的な見方をする人もいます。R.ケリーの性癖についてのニュースは、15年前から続いているため、慣れてしまって受け手が麻痺している面もあるようです。私自身、10年以上その状態だったこともあり、ほかの人の反応についてジャッジしたくない、と思っています。
R.ケリーはずっと前からPied Piper in R&B「R&B界のハーメルンの笛吹き」(ハーメルンの笛吹きは、どこからともなく現れた笛吹きの音に合わせて、村から子供がいなくなってしまった中世の事件です)と言っていて、それを実行してしまったわけです。アリーヤの出世曲、「Age is Nothing But Number(年齢なんてただの数字)」もいい曲ですが、彼女が実際、どんな経験をしたのか考えると恐ろしい曲です。
一方、R.ケリーが形作った音楽の潮流を完全に無視できないし、影響を受けたアーティストの活躍はそのまま応援するつもりです。ただ、彼本人は「罪を憎んで人は憎まず」を適用するには、あまりにも罪状がひどい。今度こそ裁かれて償ってほしい。これは、彼がモンスターから人間に戻る唯一のチャンスだと思います。
私自身が取材したときの話はそのうち書くかもしれないし、書かないかもしれない。番組に出てくる赤レンガのスタジオ、チョコレート・ファクトリーの中で何時間も待たされたのは辛かったけれど、それどころじゃない、怖い場所だったんだな、と番組を見ながら思いました。R.ケリーがあまり文字を読めないことは、取材のときに気がつきました。ドキュメンタリーに出てこなかった、彼を発見して契約にこぎつけたジャイヴ・レコーズのウェイン・ウィリアムスには、音楽ライターとして親切にしてもらいました。彼の「(R.ケリーは)街角で歌って小銭を稼ぐような生活をしていたんだよ」という言葉は忘れられません。
この番組でもっとも印象的だったのは、実際にR.ケリーと交際した女性たちが自分の弱さを認めながら(泣き出す場面も多いです)、どういう心理状態だったのか振り返って話していること。すごい勇気だと思いました。
世界的なスターと恋愛することはめったにないけれど、立場が自分より上だったり、好かれたいと思っていたりする相手に、不本意なことをさせられたり、不利な条件を飲まされたりするケースはだれでもあると思います。#MeToo(私もやられた)や#TimesUp(はい、そこまで/もうおしまいにしよう)のムーブメント、日本の「忖度」という言葉の流行などもぜんぶ繋がっているように感じます。
SNSの時代は、身近なアイドル、憧れの対象がどんどん増える時代です。その対象のイメージに近づきたい、という目標を持つのは素敵ですが、それで無駄なお金を使ったり、自分の価値を下げたり、気持ちを削ったりするところまで行くのはおかしいです。この番組は極端な例であるものの、被害者の心理を理解することは、自分を守るために役立つのではないでしょうか。「R.ケリーに言われれば、ノーとは言えない」という言葉が、事件の元凶を物語っていました。不祥事が起きたときに、役人や大企業の人が上司の罪をかばって自殺してしまうケースを、私はずっと理解できないでいたのですが、ふだんから抑圧されると、逃げられなくなる心理をこの番組で少しわかった気がします。私たちは、そんなに強くない。そういう意味でも、いま作られるべき、話題になるべきドキュメンタリーでした。
蛇足ながら、このニュースの波紋が大きくなるにつれ、R&Bそのものにネガティブなイメージがつくのは避けたい。たしかにR.ケリーはものすごい大物ですが、彼の音楽を避けても、まったく支障ないです(私調べ)。2月はエリック・ベネイが、3月はジャネット・ジャクソンが来日するので、楽しみにしています。
『サバイビング・R.ケリー』、日本で字幕付きで観られる日が早くきますように。