メモリアル・ウィークエンドにあたる5月23日夜8時(日本時間では24日の朝9時)、ダンスホール・レゲエ界の宿命のライバル、2大巨頭DJがverzuz.tvで対決しました。これが、大盛り上がり。ライヴで観るのが一番、楽しいですがyoutubeのオフィシャルチャンネルにアップされたので、知っているとより楽しめる10のポイントを解説します。
1. Verzuz.TVってなに?
ヒップホップ・プロデューサーのティンバランドとスウィス・ビーツ(日本ではスウィズと表記されることが多いけれど、みんなの発音を聞いていたら「ス」ですね)がインスタ上で言い出し、始めたところからスタートしたヴァーチャル対戦。それぞれが関わった曲を90秒以内、10曲ずつかけてどちらが盛り上げたかで勝敗を決めます。90秒ルールは、ほかの人もかなり気を遣っていたし、使用料が派生しないためだと思う。どちらの曲がより盛り上がったか、という判断はインスタのコメント欄の反応でだいたいわかります。
2 満を持してのダンスホール・レゲエ対決だった
プロデューサー対決、シンガー・ソングライター対決、ラッパー対決など音楽を送り出す側を丁寧に分けて、かつキャリアやヒット曲の大きさが互角の人と揃えるのがこの企画がポイント。DJプレミアとRZAのどちらが上か、なんてだれも答えられないですよね。客観的に好敵手同士か、バランスがいいかが対戦が成立するコツで、たとえばDMXはJay-Zとの対決を望んだけれど、ちょっと違うなとみんなが思ったし、Jay-Zも相手にしませんでした。その点、ビーニ・マンとボウンティ・キラーはもともと宿敵。なんども喧嘩して、切磋琢磨してきた間柄のうえ、レゲエはサウンド・クラッシュやDJクラッシュといった対決ものが盛んなカルチャー。おまけに始まってみたら、同じ場所にいる直接対決だったため、グワーっと視聴者数が伸びました。外出規制がかかっているジャマイカで、このふたりだから許されるセッティング。
3 P・ディディがスポンサーとしてがっつりついていた
一連のVerzuz.TVの盛り上がりを見たP・ディディは、自分が売っているウォッカ、Ciroc をスポンサーにつけています。ビーニは対戦前のインスタのポストでもしっかり宣伝。それもあって会場など設備投資が整ったのだと察しました。ジャマイカにお金が落ちるなら、私はなんでもいいです。あと最後のほうではボウンティは携帯会社のDigicel を宣伝してましたね。
4 予想されたジャマイカン・タイムもWiFi落ちもあった
ジャマイカおよびアメリカの東部標準時の夜8時に始まるはずが、最初の15分映らなかったし、その後でセレクターによるアーリータイムもあり、ゆっくり始まりました(youtbeだと38分18秒からが本戦)。インスタライブはアクセスが集中すると落ちるのは過去の対戦でもわかっていたので、WiFiが不安定なジャマイカでは直接対決が安全だったのかも。それでも、1回落ちてコメント欄が紛糾したり、画面が止まったりしました。
5 前半はヒップホップ・コラボ多め
スタートはジャマイカの国歌。ビーニは前日に亡くなったデジタル・Bのボビー・ディクソンが作ったMatieからスタート。ボウンティは最初のヒップホップ・コラボ、スペシャル・エド(!)とのJust A Killa というかなり渋い選曲で応戦。ボウンティは7ラウンド目まで90年代のコラボ曲を中心でした。ジェルー・ザ・ダマジャ、モブ・ディープあたりも渋かったなぁ。3ラウンド目のバーリントン・リーヴァイとのLiving Dangerously で、ビーニがヒップホップでいうところのハイプマン(合いの手を入れる人)をやり始めて、私的には勝敗 より、こんなに素敵なシーンを見せてくれてありがとう、という気持ちでいっぱいになりました。ビーニもDancehall QueenやSlam で思いっきり90年代に連れて帰ってくれたし。ボウンティがフージーズのHiphop Operaのリミックスをかけたのも、ヒップホップxダンスホールの歴史を振り返る重要な瞬間でした(そして、一番有名だけれど、リリースしてから揉めたノー・ダウトHey, Babyをあえてかけなかったことも)。90秒以内というルールのせいか、コラボ曲は彼らの声よりリル・キムやダイアナ・キングのパートで終わってしまう、というマイナス面もありました。
6 デイヴ・ケリーとワイクリフ・ジョンの偉大さを確認する
前半の途中から、マイクを握ってのパフォーマンスが始まります。ボウンティのWorthless Bwoy からビーニのOld Dogの流れで、デイヴ・ケリーが作ったリディムが続いて痺れた人も多いのでは。ワイクリフの プロデュース曲も目立ちました。ボウンティがIt’s Partyをかけると、ビーニもワイクリフのLove Me Nowで行く、みたいな。その返しが主催者スウィスが作った Guliltyだったので、コメント欄がワーっと盛り上がりました。スウィス、うれしかったでしょうね。
7 途中で警察が来る
そうなんです、やっぱりロックダウン中ということで、本来は人が集まって音を出しちゃいけないんですね。で、警官がきて一時中止に(1時間21分あたり)。このときふたりは真逆の対応をしました。サッとその場からいなくなったボウンティに対して、説得を試みたのがビーニ。いわく「(何万人もの楽しみを奪う)そんな役回りはやりたくないだろ(you don’t wanna be THAT GUY )」。これで、事が収まってほんとうに良かった。おまわりさんも騒音の元を確認しに来たところ、ビーニ・マンが出てきてびっくりしたかな。ボウンティ側の事情を察すると、彼はレゲエ・サンフェスでカースワードを使ったとか、家庭内暴力とかの理由で逮捕歴があるので、警官とは関わりたくなかったのだと思います。
8 みんながホッとしたところで怒涛のマイク・リレー
きわどいところを切り抜け、終始ニコニコモードだったビーニがMurderation をかけて、本音を吐露します。 これ、バーリントンのMurderer を使った、警官の暴力をテーマにした曲。ボウンティが先ほどの一件でのビーニを「Wicked negotiator (すばらしいネゴシエーターだ)」とほめたあと、悪政に苦しむ人々の気持ちを歌ったLook Into My Eyesをぶち込みました。この時点で、敵はお互いではなくバビロン・システム。<Showtime>リディムでマイク・リレーが始まり、それぞれのヴァースをやり、声を合わせ、肩を組みます。この10分間の出来事はふたりの長年にわたる確執を知っている人なら涙もの。何回観ても飽きないです。ビーニは「俺のターンだったからね(=俺の点数だよね)」と一緒に盛り上げたのに小狡いことをいうと、ボウンティは最凶チューンFed upでラウンドを締めて、問答無用の勝ちをさらいました。
9 ボウンティがノリノリになったうえ、リアーナにデレる
後半はダンスホール・クラシックの嵐。Verzuz.TVはコメント欄に大物が登場するのが楽しいのですが、この日もDJキャレドやドレイクのプロデューサー、ボーイ・ワンダ(ジャマイカ系)、エリカ・バドゥ、Nas、デミアン・マーリーなどがコメントを寄せて華やか。50万人近くが視聴しました。アーティスト側もコメントを読めるので、硬派なボウンティがリアーナを見つけて、「Riri yu see me me (リアーナ、俺が見えてるかーい)」と、めずらしくお茶目な面を見せて、ビーニが腰砕けになる場面も。ライヴ・パフォーマンスが命のDJふたりが揃い、とにかくMCが面白かったです。ボウンティの「Beenie ah wickedest, me ah greatest (ビーニが最高なら、俺は偉大だ)」との名言も生まれました。世界中のダンスホール・ファンが大笑いしながら、踊っていたんじゃないでしょうか。
10 実はビーニ・マンとボウンティ・キラーはアメリカには入れない?
ここまで盛り上がると、このふたり一緒のツアーを見たい!と思ったのは私だけではないはず(別々でもOK)。終わった後、もう一人のレゲエ・アンバサダー、シャギーがインスタに寄せた(めちゃ長い)コメントを読むまで私も忘れていたのですが、しばらく前にアメリカ政府はボウンティ、アイドニアといったアーティストの入国を禁じて、そのままになっているようです。SNS で銃を見せびらかしたアイドニアは仕方ない面もあるけれど、ビーニとボウンティは難癖案件。2010年に起きたコカイン王ドドスの逮捕の影響だと言われています。逮捕にかかわり国際的に指名手配をされていたドドスの引き渡しを求めるアメリカと、内政干渉として拒否したジャマイカとの政治問題の影響を受けた、報復処置だと思っている人が多い。ビーニは2014年くらいにニューヨーク来ていたから、そのあとまた入れなくなったのかもしれないし、シャギーの勘違いかもしれません。ただ、事件の直後、一時期このふたりが入国できなかったために、アメリカのレゲエ・フェスが盛り下がる現象が起きたのは事実。これは、9月のレイバーデー・ウィークエンドのときに、ニューヨークのプロモーターさんがみんな言っていました。それくらい、ボウンティ・キラーとビーニ・マンは大物なのです。
様々な背景を考えると、とても意義の大きいイベントでした。結果は僅差でビーニ・マンの勝ちになっています。ラウンドで数えたら妥当かな(警官も追い払ったし)。でも、ふたりともチャンピオンですよ。見損なった人はぜひオフィシャルのyoutubeや、Sportifyでチェックしてください。
ブジュ・バントンの新作『Upside Down』も6月28日にリリースされるし、2020年後半はレゲエが盛り上がりそうです。