『DAYTONA』と『Testing』で諸手を上げて、嬉しさのあまり、そのまま左右に振ってしまうようなヒップホップ・ウィークを過ごしたあと、カニエ・ウエストからド級ストライクな『Ye』が届きました。両手を上げて油断していたから、お腹のあたりでまともに受け止めちゃった。痛いってば。カニエ、まっすぐすぎる。
『DAYTONA』が出たところで、本題に入る前にプッシャ・Tとドレイクの件。ビーフの戦法が姑息だからプッシャ君に腹を立てたけど、それと作品は別。アルバムは好きでよく聴いています。大体、アルバム・リリース前後のビーフとか、ただの炎上商法でしょう。いちいち反応したくないんだけど、ドレイクと近いプロデューサー、Noah40が患っている多発性硬化症をディスソング「The Story of Adidon」で挙げているから。北米ではよく聞く病気で、「MS」だけで通じるほど。闘病している人、周りの人の気持ちを考えたら、これはアウトだと思う。全米多発性硬化症協会がプッシャ君に正式に抗議したから、反省してくれますように。ハイ、この話はおわり。
って、昨日ここまで書いたら、今朝になってニューヨークのフェス、ガバナーズ・ボウルでプッシャのパフォーム中に観客がリリックと関係なく「fxxk ドレイク」とチャントし始めて、プッシャが堪りかねて止める映像が回ってきました。ドレイクって定期的に笑いものにされるから、今回もその延長だとは思うけど、「叩いていい」という流れになると一斉に叩く傾向って世界共通なんですね。いやな世の中です。そこまでファンじゃないけど、今回ばかりはドレイクと一緒に嗤われた方がましだな。
さて、『Ye』。最初に聴くとき、新しいアルバムを聴く楽しみより、「大丈夫かな? またヤバいこと言ってないかな?」と不安が先にきたのは私だけではないのでは。いま、私たちはカニエを失うわけにはいかない。戯言は全部忘れるから、また超絶かっこいいヒップホップを聴かせてほしい。私を含む勝手な消費者、ヒップホップ・ファンの本音はそこでしょう。
そして、蟹江西大先生、ちゃんとわかっていました。
アートワークの文字。
I hate being Bi-Polar, it’s awesome(躁鬱でいるのは辛く、最高だ)
‥‥‥‥最高なら、いいか! (ムリしてます)
安定の超絶トラックに、いつも通り(精神的に)不安定なカニエ節を載せていて、たしかに最高です。ところどころ出てくる不穏な言葉さえ、エンターテイメントとして昇華していて、天才すぎます。
解説しますね。
1.I Thought About Killing You
1曲目は、スポークン・ワードとモノローグの中間みたいな曲です。
“Today I seriously thought about killing you/I contemplated, premeditated murder/And I think about killing myself, and I love myself way more than I love you, so”
「今日本気でお前を殺すことを考えたんだ/よくよく考えた 謀殺について/それから自殺も/でも お前を愛する以上に自分が大事だから」
いきなり自殺願望があったことを告白。このヘヴィーさが、アルバム全体の底に流れています。「お前」が誰を指すのか。世間なのか。味方になってくれなかった仲間たちか。それとも、その「お前」も彼自身なのか。
私は、自分との対話だと思いました。後半はメロディアスで酔っているようなラップに展開。
“How you gon’ hate? Nigga, we go way back to when I had the braids and you had the wave cap”
「なんで嫌うんだよ/ニガ 古い付き合いなのに 俺がまだブレイズをしていておまえはウェイヴ・キャップを被っていた」
うーん、またジガさんことジェイ・Zのことかなぁ、って深読みしたら歌詞サイトのジニアス(本稿の英語詞はここから引っ張ってます)も同じこと書いてました。みんな気づくんですね。ウェイヴ・キャップってドゥーラグのことか。シカゴあたりはウェイヴ・キャップって呼ぶのかな? 短くても絡まりやすい縮れ毛を、枕との摩擦から守るために被るもの。黒人女性はスカーフやナイトキャップを被りますね。
「自分を愛せないからおかしくなったんじゃない、俺は自分が大好きだから それは当たらない」とも。うん、知ってた。彼ほど自己愛が強い人は珍しいと思います。
最後の「お前らカニエの話ばかりじゃないか」は事実ですね。その通り。
2.Yikes
00年代後半のカニエを思い出す、ちょっと懐かしいタイプのトラックです。「ヤイクス」は「オェッ」とか「ゲッ」とかネガティヴな反応をするときに出る言葉。カニエの「オェッ」案件を並べているのかと思ったら「自分自身が怖い」というコーラスから始まって、とにかくショッキングな内容を畳み掛けています。
「北朝鮮に行ってもいいし、ウィズ・カリファと一緒に吸ってもいいし」。カリファは元カノ、アンバー・ローズを巡って喧嘩した間柄。ウィズ・カリファの方がずっとクールに対応していた記憶がありますが、もう別れちゃったし、いまは仲良しなのかな。
「俺が何人に胸を買ってやったか知ってるか?」とも。いいえ、知りません、興味もありません。「尻も入れたら50ポップずつ」って。「ポップ」を単位に使うのは初めて聞きました。50グランの言い換えが妥当だとしたら550万円ずつですね。いや55万くらいで豊胸も豊尻もできる世の中なのかな。詳しい人、教えてください。そうそう、奥さんのキムさんは美しさを保つために、人件費を入れて美容代を1カ月に5万ドル(550万円)使う、という記事が少し前、Elleに出てました。桁が違います。
米英のメディアがよく取り上げているラインが、
“Russell Simmons wanna pray for me too/I’ma pray for him ’cause he got #MeToo’d”
「ラッセル・シモンズが俺のためにも祈ってくれるって/#MeTooでやられているから俺も祈っていてあげよう」
デフ・ジャム創始者のラッセル・シモンズが昨今のセクハラ糾弾ムーヴメント、MeTooで槍玉に上がっているのを受け、「人のこと心配している場合じゃないだろ」と。正論ですね。続く「俺もやられちゃうかな/そうしたらE!ニュースに出るね」というのが、カニエらしい茶化し方だなぁ、と。この人、なんでも茶化すし、揚げ足を取る。まじめに反論したらバカを見るけど、無視したら無視したでいじけるのでめんどうです。アウトロがそれを証明します。
“You see? You see? That’s what I’m talkin’ ‘bout That’s why I fuck with Ye That’s my third person That’s my bipolar shit, nigga what? That’s my superpower, nigga ain’t no disability I’m a superhero! I’m a superhero!”
「ほらね? ほらね? こういうことなんだよ。だから俺はイェと付き合っているんだ。3人目の人格。躁鬱ってこういうことなんだ。これが俺のスーパーパワー/障害とかじゃないんだ 俺はスーパーヒーローなんだ! スーパーヒーローなんだ! ウギャーーーー」
最後の「ウギャーーーー」はイケシロ追加訳。そう聞こえるから。
3.All Mine
タイ・ダラー・サインとカニエのGOODミュージックにいるヴァリーを迎え、女性というか、性愛をテーマにした曲です。タイ君のヴァースが飛び抜けて下品ですが、カニエも面白い。
“If I pull up with a Kerry Washington That’s gon’ be an enormous scandal, I could have Naomi Campbell And still might want me a Stormy Daniels”
「ケリー・ワシントンと撮られたら大スキャンダルだよな/ナオミ・キャンベルとだってつき合えるしストーミー・ダニエルズだってイケるかも」
ケリー・ワシントンは人気の黒人女優、ナオミさんは説明不要のスーパーモデルでカニエとも仲良しのはず。そして、ストーミー・ダニエルズは現在、トランプ大統領の足を引っ張るポルノ女優さんです。ストーミーさんは06年にトランプさんと関係を持ち、大統領選前に口止め料をもらったものの身の危険を感じたとかで、メディアに出てきました。口止め料の出所が選挙資金だった可能性があるため、大騒ぎになっています。
彼女の名前をカジュアルに出してしまうあたり、カニエ、全然トランプさんの味方になっていません。このアルバムのあちこちで「発言を撤回しない」「言いたいことは言う」という強気の姿勢を見せるものの、このライン一つで暗に「そこまでトランプさんを支持していないよ」と伝えていて、なかなかの策士。
ところで、ケリーさんは41歳、ナオミさんは48歳、ストーミーさんは37歳。カニエ、同年代以上の女性が好きなのかな。そういえば、しばらく執心していたロカフェラの元ボス、デーモン・ダッシュの従姉妹でもある女優、ステーシー・ダッシュ(映画『クルーレス』が有名です)がケリーさんと同じ系統の顔ですね。ステーシーさんはみんながオバマさんに心酔していた08年に共和党支持を表明して物議をかもしたので、カニエの先輩だな、と思い出しました。いまでも崇拝していたりして。
それから、この曲には義妹、クロエの子供の父親であるNBA選手のトリスタン・トンプソンが妊娠中に浮気をしたゴシップを受け、口撃するラインがあります。カダーシアン家のこととなると、まぁまぁマスオさん状態になるカニエ・ウエスト、嫌いじゃないです。
4.Wouldn’t Leave
パーティー・ネクスト・ドアーと、お久しぶり!のジェレマイ、タイ・ダラー・サインをゲストに、妻のキムさんへの愛を歌っています。
「奴隷制は選択だった」発言の際、息ができないほどパニックになったキムさんに怒られたこと。カニエは「出て行ってもいいよ」と言ったこと。でも、キムさんがそばから離れないとわかっていたこと。
アウトロで、
「奥さんや彼女に恥をかかせるようなことを言ったりやったりしてもいいんだ/そのエネルギーを失うな/それで彼女の忠誠心が試せるから」
という、独自の超上から目線の結婚観を披露。キツい。キムさん、えらいですね。もう、それしか言えない。あ、とてもいい曲です。
5.No Mistakes
カニエが大好きなスリック・リックの声から始まるこの曲、スリックさんの“Hey Young World”を敷いています。ケリ・ヒルソンの大ヒット“Knock You Down”で「I’m the new Slick Rick(俺が新しいスリック・リック)」と宣言して、「いや、違う」と方々(とくに私)から突っ込まれたカニエさん、ずっとスリックさん好きなのですね。
キッド・カディとギャップ・バンドのチャーリー・ウィルソン叔父がコーラスを歌い、「それでもみんなのこと愛しているよ!」というメッセージと「自分より成功してない奴のアドバイスは聞かない」という「ごもっとも」な開き直りが共存する、カニエ節全開チューン。
私は、「Oh, I got dirt on my name, I got white on my beard/名前に泥がついちまった/ヒゲに白髪が混じってきた」という、なにげないラインが詩的でとてもいいな、と思いました。40代突入ですものね、蟹江さんも。
あ。白髪は「グレイヘア」の方がふつうか。文面通り「白いものがついている」かもしれません。だとしたら、いやだなぁ。
6.Ghost Town
モゴモゴとジョン・レジェンドがイントロを歌い、キッド・カディが「愛されたかっただけなのに/頑張るほど君は離れて行く」とパンチラインを歌う、友情に溢れた曲です。ジョンがカニエやカディのオフビートな歌声に合わせて、いつもの美声を響かせないのも、キッドが蟹江の本音を代わりに熱唱してハンパない舎弟感を醸し出しているのも、すべて友情の賜物。カニエは本作のテーマは「愛」と騒動の途中から言っていましたが、個人的にこの曲に一番の愛を感じました。
後半を担当する070 ShakeはGOOD Music所属のフィメイル・ラッパー。好きなタイプの声だわー。もっと聴きたい。
私は、カニエの新作よりキッド・カディの新作が楽しみという、日本にもう一人いるかいないかの変わり者なので、この曲を一番よく聴いています。カディ愛はまた別の機会に書きますね。長くなるから。
写真がないので、ヴィンテージのGOOD MUSIC Tシャツをさりげなく自慢。隣はビヨンセのペプシTシャツ。アメリカで売ったら高いだろうけど、絶対売らないの。
7.Violent Crime
「暴力的な犯罪」というタイトルなのに、ちゃんと聞くと娘二人(主に長女のノースちゃん)への愛をテーマにしている曲。デジ・ローフちゃんが、キュートなコーラスで「あまり早く成長しないでね」と歌い、カニエは「ニガーは残忍/ニガーはモンスター/ニガーはピンプでニガーは遊び人/自分の娘を持つまでは」という秀逸なラインを書いています。娘が彼氏を連れてきたら「ぶっ叩く」と言っちゃってるし、カニエ、ここではふつうのお父さんです。
ただ、「ニッキ(・ミナージュ)みたいになってほしい」は凡人には解釈が難しい。最後に出てくるニッキ本人が「わかった、彼女をモンスターにしてあげる」と約束しています。
ノースちゃんの将来、モンスターに決定。
以上、簡単に解説してみました。
プロデュースは、全曲カニエ。GOOD ミュージック所属のベテラン、マイク・ディーン、話題の新人、フランシス&ザ・ライツ、そしてエド・シーランやジャスティン・ビーバーと仕事をしているトップ中のトップ、ベニー・ブランコが助っ人に入っています。
この人選を見ても、『Ye』は、衝動的に作ったようで、完全に勝ちを取りに行っているアルバム。双極性障害を含め、「このままの俺を受け止めてくれ」と全身全霊、全曲全ラインでカニエ・ウエストが訴えています。
そんなに訴えてこなくても、みんな、カニエ・ウエストが大好きなのにね。なんでわからないかな。
We DO love Kanye, don’t we?
おかえりなさい、カニエ& Ye。